世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

January 2015

『イスラム国』とは何か?


湯川遙菜氏と後藤健二氏がイスラム過激派勢力により拘束され、日本政府に対して72時間以内に身代金として2億ドル(約236億円)の支払いを求めているニュースが連日テレビ、ラジオ、新聞等を賑わせています。
日本政府も刻一刻と迫ってくる期限と戦いながら、あらゆるルートを駆使して解決に向けて対応をしていることと思いますが、お二人が無事に釈放されることを切に願ってやみません。

このイスラム過激派勢力こそ、『イスラム国』です。
当ブログは、政治的、宗教的意見を表明する立場にありませんが、やはりこれだけ日本のみならず世界を揺るがしているこのイスラム国を知らずにいることもできません。
今日のエントリーでは、イスラム国とは何かについて簡単に触れたいと思います。

Islamic_State_Logo

イスラム国は、2000年頃にヨルダンなどで発足した「タウヒードとジハード集団」を前身としています。この組織は、合流、共闘するグループの変化に伴い数回の名称変更を行い、2013年4月「イラクとシャームのイスラム国(略称:ISIS)」と改称しました。

2014年6月29日、ISISは同組織のアブー・バクル・アル=バグダーディーこそが「カリフ」であり、あらゆる場所にいるイスラム教徒たちの指導者であるとし、イスラム国家であるカリフ統治領をシリア、イラク両国のISIS制圧地域に樹立すると宣言し、ラッカを首都としました。これにともない、組織名から「イラクとシャーム」を削除し、「イスラム国(Islamic State)」と改変することが発表されました。これが現在のイスラム国です。

では、イスラム国が掲げる目標、主張とはいったいどのようなものなのでしょうか?
現在の中東諸国は、第一次世界大戦まではオスマン帝国の領土でした。1916年、イギリス、フランス、ロシアはこの領土をアラブ人やクルド人といった現地住民の意向を無視して、自分たちの勢力圏を定める秘密協定(これを「サイクス・ピコ協定」といいます)を締結し、第一次世界大戦後、この協定に若干の修正を加えてこの領土に国境線を引きました。こうして西欧列強の植民地となったこの地はその後、独立を果たしましたが、現在ある国の枠組みに分割されての独立でした。イスラム国の目標の一つは、この国境線を消し去り、かつての秩序を取り戻す、というところにあります。また、その支配下では、厳格なイスラム法の極端な解釈に基づく思想教育を図ろうともしています。

Islamic_State_Map

イスラム国は、国家の樹立宣言はしたものの、現実的には日本はもちろんのこと、欧米諸国、周辺諸国及びイスラム教諸国の政府から国家として承認されていません。
そんな中でも、徐々に国家としての体裁は整えつつあるようで、首都としたラッカの市民からは徴税も行い、省庁も整備、閣僚も置かれているといいます。また、支配地域内の住民のためにパスポートまで発行されているようです。
さらに、2014年11月には独自の通貨も発行することが発表されています。

==========

ざっとイスラム国の概略のみ述べてみました。
イスラム国に関するニュースを目にしないことのない昨今、この程度でも予備知識をもってニュースに触れれば、同じニュースでもまた少し、違った視点で見ることができるかもしれません。

再度になりますが、今回の事件も、平和的に解決されることを心から願っています。

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エコノミークラスで長距離を飛ぶなら・・・ランキング、発表!


毎年、「航空会社満足度ランキング」のようなランキングが色々な雑誌で発表されています。
その結果を見ると、ランキング上位には常連航空会社が名を連ね、私たちとしてもそれらの航空会社に搭乗経験がある、ないに拘わらず、何となく納得できる結果のような気になります。

それでも、何かがしっくりこない・・・
そんな思いに駆られたことはありませんか?
なぜか?
それは、そのような航空会社ランキングのほとんどがビジネスクラスやファーストクラスなどの上級クラスのサービスを対象として調査されたものだからです。
そう。私たちの多くが座ったこともなければ、これから先も座る機会があるかどうか分からない上級クラスについてのランキングであるが故に、実感として受け入れられないのです。

そんなことをずっと思い続けてきましたが、この度、アメリカの旅行業界向けウェブメディア「Skift」がこの思いを解決してくれる、面白い調査結果を発表しました。

『長距離エコノミークラスのフライトが最も快適な航空会社ランキング』

大多数の乗客がお世話になるエコノミークラスを対象とし、かつ、より快適性が求められる長距離路線のみを対象とした調査です。いわば、「本当の意味で参考に」なり、「本当の意味で実感のこもった」結果と言えるのではないでしょうか?

では、見てみましょう。
今回の調査では、座席の幅や間隔、機内エンターテインメント、飲食サービス、WIFIや電源の有無など10の項目について、単純に有無が関係するものはYES=1ポイント、NO=0ポイントとし、サービス等については10段階でポイント化し、その総合得点でランキングが決まっています。
その結果、スコアトップ5の航空会社は下記の通りとなりました。

-- 61ポイント
エティハド航空(アブダビ)
EY

カタール航空(カタール)
QR

-- 60ポイント
全日本空輸
NH

エミレーツ航空(UAE)
EK

トルコ航空(トルコ)
TK

-- 58ポイント
日本航空
JL

-- 57ポイント
アビアンカ航空(コロンビア)
AV

中国国際航空(中国)
CA

-- 56ポイント
サウディア
SV


中東の航空会社といえば、常に豪華旅行のトレンドを率先して牽引してきましたが、ここでもその強さを見せてくれており、日本に就航している3社すべてが上位2スコア内にランキングされています。

これまでの流れとして、各航空会社は、より高額で販売することが出来るファーストクラスやビジネスクラスのサービス向上に心血を注ぎ、エコノミークラスにはそれほどの労力を割いてこなかったように思いますが、大多数の乗客が搭乗するエコノミークラスのサービスの向上を目指す航空会社こそ、本当の意味で「乗客に支持される航空会社」と言えるのではないでしょうか?

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日本で感じる外国の香り③ 横濱媽祖廟


横浜屈指の観光地であり、また、世界最大級の中華街(Chinatown)でもある横浜中華街。
この中華街には、華僑たちにとって重要な2人の神様を祀る2つの廟が存在します。一つは、商売繁盛の神である関羽を祀る『関帝廟』、もう一つは、航海・漁業の守護神である媽祖を祀る『媽祖廟』の2つです。

今回は、このうち媽祖廟についてご紹介したいと思います。

Mazu_01

■媽祖とは?

媽祖とは、北宋時代に実在したとされる福建省の林氏の娘が神格化されたものであると言われています。

Mazu_03

伝承によると、この林氏の娘は、生後1ヶ月もの間、泣き声一つ上げなかったことから、林黙娘(りん もうにゃん)と名付けられました。幼少の頃から才知に長け、信仰心が篤く、16歳になると神から神通力を得て、村人の病を治すなどの奇跡を起こすなどしたため、人々は次第に敬意を込めて彼女を「通賢霊女」と呼ぶようになりました。

■華僑・華人の心の拠り所に

その後の経緯についてはいくつかの伝承がありますが、28歳の時に修行を終えて天に召された後も、赤い衣装を着て海上を舞い、遭難した人々を助ける姿が度々目撃されたことから、人々は廟を建てて護国救民の神様として祀るようになりました。歴代の皇帝も敬意を表し「天妃」、「天后」、「天上聖母」などの名を贈りました。

現在では、航海を護る海の女神としてだけではなく、自然災害や疫病、戦争などから人々を護る女神として、中国本土、台湾はもちろんのこと、華僑や華人が住んでいる世界各地で篤く信仰され、彼らの心の拠り所となっています。

■横濱媽祖廟開廟まで

横浜中華街の媽祖廟は、中華街の山下公園側、「南門シルクロード」の一角に、2006年3月に開廟しました。
かつて清国の領事館があった場所に2003年、マンション建設の計画が持ち上がりました。この場所にマンションが建つことは中華街の景観上そぐわないこと、そしてその歴史上も中華街にとっても重要な場所であったことから、反対運動が起こり、建設会社との交渉の結果、横浜中華街発展会協同組合が用地を買い取ることでマンション建設計画は白紙に戻す、ということで合意しました。

こうして買収した用地に、長年建立の要望が多かった媽祖廟が建設されることになったのです。

■異国情緒あふれる、横濱媽祖廟

南門シルクロードの突如姿を現わす立派な媽祖廟に一歩足を踏み入れれば、そこはまさに中華世界そのもの。横浜にいるのが信じられないほどです。

Mazu_02

廟内正面には、媽祖(天上聖母)が鎮座し、向かって左側には遠くの声も聞くことができる耳で人々の声を聞き、媽祖に報告する「順風耳」、右側には遠くのものを見ることができる目であらゆるものを見分けて媽祖に知らせる「千里眼」を従えています。この二神はもともと悪神でしたが、媽祖に調伏されて改心し、以降、媽祖の従神となったと言われています。

Mazu_04

その他にも、横濱媽祖廟には、民衆信仰では最高神とされる「玉皇上帝」、縁結びの神様「月下老人」、子宝の神「註生娘娘」、学問の神様「文昌帝君」、安産の神様「臨水夫人」なども一緒に祀られています。

媽祖廟入ってすぐ右手の売店では、各種お守りをはじめ、祀られている神様へたむけるお線香も売られています。入場料を払えば、廟内に入り、祈りを捧げることもできます。

横濱媽祖廟は中華街のメインストリートから少し外れているため、知らないでいるとついつい見逃してしまうかもしれませんが、中華街を訪ねたなら必見の場所です。
是非とも訪れていただきたいと共に、お立ち寄りの際には、上記のような知識を少しでももってお出掛けになると、また違った見方ができるかもしれません。

Yokohama_Chinatown_Effect

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑲


ヨルダン北部ジェラシュは、首都アンマンからは北へ48kmの場所に位置する標高600mの丘の上にあります。

ジェラシュは、古代にはゲサラと呼ばれたデカポリス(十都市連盟)のうちの一つであり、現在も古代ローマ時代の都市遺跡が保存状態よく残っています。その遺跡の大きさや発掘の大規模さ、保存状態の良さから「中東のポンペイ」とも呼ばれています。

デクマノス

デクマノス2

デクマノス3

フォーラム2

フォーラム跡

競馬場

劇場跡

商店の跡

商店床モザイク

噴水跡

噴水跡2

青銅器時代(紀元前3200年~紀元前1200年)には集落があったことが分かっていて、ヘレニズム期にはセレウコス朝シリアやプトレマイオス朝エジプトの争奪の地でした。この時期にギリシャ風の建物が多く建てられ、アンティオキアと名付けられた町の一つでした。紀元前63年、古代ローマにより征服された後、シリア属州の一部となり、近隣の都市とデカポリス(十都市連盟)を組みました。ローマ帝国のもとで治安や平和が保たれたことにより、人々は経済活動や公共施設の建設に時間や労力を割くことができ、交易が発達して都市基盤が整ったとされます。

ハドリアヌス帝は、129年から130年にかけてゲサラを視察巡幸しています。今見られる凱旋門は、この際の訪問を記念して建てられました。ラテン語による碑文には、皇帝を護衛する騎馬兵がこの地で越冬した間に、神々への奉納を行ったことが記録されています。

凱旋門

614年にササン朝ペルシャの侵入によりゲサラは急激に衰退しましたが、イスラム帝国による征服やウマイヤ朝の支配下でも都市活動は活発に行われていました。その後、746年に大きな地震が町を襲い、以降、ジェラシュは再建されませんでした。1920年代になると、現在まで続いている遺跡の発掘が始まり、一部土中に埋もれていた都市が姿を現わしたのでした。

(おわり)

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本日で、添乗員現地最新レポートのヨルダン編は終了です。お読みいただき、ありがとうございました。
次回の添乗員現地最新レポートは、2月の初旬より、南米のアルゼンチン、チリ、ボリビアへのツアーをレポートいたします。お楽しみに!

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑱


サルトはヨルダン中西部の中心都市。
古代から農業で栄えた町は、アンマンとエルサレムとを結ぶ街道の半ばにあります。

町中3

町中

町中2

町中4

町中5

町中6

サルトの歴史は古く、前期青銅器時代にまで遡ります。一時期はトランスヨルダンの首都としての機能をはたしていたこともあります。
ローマ帝国が支配していた時期、サルトはラテン語で森林を意味するサルトゥスの名で知られており、後の東ローマ帝国時代には、主教が置かれていました。この時期、サルトゥスはヨルダン川東岸の中心都市となっていました。モンゴル帝国の襲来によって破壊されたサルトは、マムルーク朝時代に再建されます。その後、オスマン帝国による支配の後には再度、ヨルダン川東岸の中心都市となります。

全盛期は19世紀末期、ヨルダン川西岸のナブルスの貿易商人たちが交易路をヨルダン川の東へ延長してサルトに至った時期です。自然の美しさや水の豊かさに恵まれていたサルトには、新しい住民が流入して急速に拡大しました。その頃、近郊で切り出された山吹色の石灰岩を使って建てられたナブルス風の家々が建ち並ぶようになり、いまだに19世紀末の伝統建築が多数残っています。

ここで紹介する有名な商人アブ・ジェーベルの邸宅は、JICAの整備により現在はエコ・ミュージアムとなっています。

アブ・ジェーベルの邸宅

jica パネル

JICAは従来の博物館(建物)に資料を収集し、来訪者がそれを見学するのではなく、町中の現地保存した資料を来訪者が現地へ見に行くという、エコ・ミュージアムの概念に基づいて協力しました。

博物館内 石 

博物館2 衣装

博物館3 

(つづく)

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