世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

September 2015

【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第30、31日目


2015年9月21日(月) 第30日目

本日は、タラスを出発して、トルキスタンへ向かいます。

Breakfast

その前に、タラス郊外にあるアイシャ・ビビ廟の観光へご案内しました。約30分で到着です。

Aisha_Bibi_Mausoleum_01

アイシャ・ビビ廟は、11世紀に建造されたカラハーン王妃アイシャの霊廟と言われています。50種以上のデザインの焼きレンガと日干しレンガを使用した美しい廟ですが、文献があまり残っていないので詳しいことは分かっていません。アイシャには毒蜘蛛に刺され亡くなったという伝説が残っています。

Aisha_Bibi_Mausoleum_02

またその隣りには彼女の乳母と思われるババジ・ハトゥンの廟があります。

天山の支脈、キルギス・アラトー山脈を望む場所で写真ストップ。今日も天気がいい。天山が見られるのもこれが最後です。

Photo_Stop_01

Photo_Stop_02

以前に比べると、道路が本当によくなりました。カザフスタン第2の街シムケントに順調に到着。ここは、ウズベキスタンとの国境まで120kmと近く、ウズベク人もたくさん住む街です。ここで昼食をとりました。ここのレストランはシャシリクが美味しい。今日も羊肉のシャシリクをいただきました。やはり美味しかったです。

Lunch_01

Lunch_02

昼食後、再び出発。こちらも道路がよくなり、トルキスタンまで約2時間で到着。
ここには世界遺産に登録されたコジャ・アフメド・ヤサウィー廟があります。

Mausoleum of Khawaja Ahmed Yasawi

ヤサウィーは13世紀の高名なスーフィー(神秘主義者)かつ詩人で、彼によって書かれた詩は神秘主義的な思想を含み、バルカン半島に至る地域にまで愛唱されました。そのヤサウィーを崇拝するヤサウィー教団の聖地、巡礼地となりました。1390年代にティムールの命で元々あったものが拡張される工事が行われたのですが、ティムールの死去とともに未完のまま。ティムールが贈った大鍋「カザンルク」があります。現在修復中ですが、美しい青いドーム屋根が残ってます。

そして宿泊ホテルへ。夕食はホテルにて。

Dinner_01

Dinner_02

ビーフストロガノフが出てきました。なんとなくお食事はロシア風です。

Dinner_03

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2015年9月22日(火) 第31日目

トルキスタンのホテルは、かつては宿泊すると電気が点かない、水・湯が出ない、トイレの水が流れない、ドアノブがない…などは当たり前で、快適に過ごせたためしがなかったのですが、今回は何とか大きな問題もなく宿泊することができました。

朝食をとっていると、ちょうど昇っていく朝日が見られました。朝焼けにヤサウィー廟が赤く染まっていきます。

Sun_Rise_01

Sun_Rise_02

トルキスタン出発。今日はカザフスタンでの最後の観光があります。
1時間程走るとオトラル遺跡に到着しました。ここは10~13世紀に中央アジアの主要都市として栄えた町の遺跡。13世紀チンギスハーンは派遣した隊商一行がこの地で殺害されたことに激怒し、町を徹底的に破壊しました。これがモンゴルによる中央アジア征服のきっかけになったと言われます。また中央アジアを支配したティムールが1405年に明(中国)への遠征の途中で亡くなった町としても知られています。現在では殆ど何も残っていないのですが、浴場跡、城門、モスクなどを僅かに見ることができます。現在、至る所で修復工事が行われています。

Otrar_01

Otrar_02

Otrar_03

Otrar_04

Otrar_05

観光後、再びシムケントへ。昨日と同じレストランで、カザフスタン最後の昼食をとりました。昨日と同じ羊肉のシャシリクとロシアの水餃子ペフミニ。

Lunch

餃子は形が違えど、至るところで食されている食べ物で、きっと、このシルクロードを通って西へ東へと行き来したのでしょう。

腹ごしらえを終え、120km離れたウズベキスタンとの国境へ。

Border

国境手前で一週間一緒だったガイドのエルメックさん、ドライバーのボロージャさんとお別れ。ここからは私たちだけで国境越えです。まずカザフスタンの出国審査。比較的スムーズに終わり、ここからメインイベントのウズベキスタン入国審査へ。ウズベキスタンに入国する際には必ず税関申告書を提出しないといけません。所持金と所持している電子機器の金額や個数をそれも英語で書かないといけません。混み合う審査場で記入を終え、税関へ行くと「えっ、ちゃんと見たの?」と疑いたくなるくらいあっさりとした審査。税関申告書にハンコをいただき、入国審査も終え、無事第4カ国目のウズベキスタンに入国!審査場を抜け歩いて行くとウズベク人の女性アシスタント・マルさんがお出迎え。そのままバスに乗りタシケントへと向かいます。

タシケントは今回訪れる中央アジアの都市の中では最大で人口300万人。大都会に来たという感じで走っていきます。今回宿泊するホテル「シティ・パレス」は新市街の中心に位置し、散策するにもとても便利な場所にあります。チェックインをして、しばらく休憩、そして夕食はホテル内のレストランにて。

Dinner_01

最後にデザートのケーキと紅茶・コーヒーが付いてました。街に来たと実感した瞬間でした(笑)

Dinner_02

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第28、29日目


2015年9月19日(土) 第28日目

本日は、キルギスの首都ビシュケクへ向かいます。

Hotel

途中、アクベシム遺跡に立ち寄りました。

Ak_Besim_01

ここは、5~12世紀にこの一帯で勢力を誇っていたソグド人や突厥の都市遺構で、貨幣や仏像のレリーフの断片が発見されたことにより、唐代のスイヤーブ(砕葉城)であることが判明しました。玄奘がインドへ向かう途中、西突厥王に会い大いなる歓待を受けました。また、唐代の大詩人・李白の故郷とも言われています。ここは何も残っていない遺跡、想像力が必要な遺跡です。

Ak_Besim_02

その後、トクモクという街にある民家で昼食をとりました。ムカンさんというお宅にお邪魔しました。

Lunch_01

日本と同じく靴を脱いで中へ入ります。テーブルにはたくさんのお皿が載っていますが、お客さんをもてなす時にはたくさんの料理が振る舞われます。

Lunch_02

たくさんの前菜とメインは麺料理・ベシュバルマック。羊肉の入った麺で「5本指」という意味、5本の指を使って食べるのでこう呼ばれます。

Lunch_03

庭では小さな女の子が湯沸かし器サモワールでお湯を沸かしていました。ここキルギスでは、家のお手伝いをする子供たちをよく見かけます。偉いですね。

Lunch_04

食後、近くにあるバラサグン遺跡を見学しました。
ここには、10~13世紀にこの一帯を支配していた遊牧民国家カラハーン朝の首都がありました。シルクロードはまさにこの街を通っていたのです。
11世紀に建てられたブラナの塔は見張り塔や陸の灯台として使われていたとも言われまています。もともと44mあった塔は現在27m。

Brana_Tower_01

小さな博物館やキルギス各地で発見された人の形をした墓石・石人などを見たり、皆さんブラナの塔に上がりました。

Stone_People

中は細く急な階段になっており、へばり付きながら上まで。遺跡や近くのキルギス・アラトー山脈などが一望できます。とてもいい運動になりました。

Brana_Tower_02

その後ようやく首都のビシュケクに入りました。さすが都会、交通量も増えてきました。日本車は人気があり、たくさんの中古車が道端では売られています。

街の中心がアラトー広場で、真ん中にはキルギスの英雄マナス像と国旗があり、国旗を守る衛兵が立っています。

Ala_Too_Square_01

「マナス」は50万行からなる民族叙事詩でもあり、世界最長の口承文学です。生まれた時は身長1m、体重10kgだったそうです。広場に建つ国立歴史博物館を見学しました。キルギスの歴史や民俗に関するものと旧社会主義時代の資料を展示しています。

Ala_Too_Square_02

Ala_Too_Square_03

一度街の南にある今晩泊まるホテルに入り、改めて夕食へ。今回はこのツアー3回目の日本食。日本の方が経営する「FURUSATO」というレストランです。

Dinner_01

サンマとサバの魚料理が内陸国では何とも有難いです。そしてご飯と味噌汁。日本人の方が経営されてるということで味は日本と変わらない。

Dinner_02

オーナーも出てこられ、ご挨拶をいただきました。4年前の東日本大震災の時、決して豊かとは言えないキルギスが日本に援助をしてくれたのをきっかけにビシュケクで日本食レストランを開業することを決意されたんだそうです。

Dinner_04

日本人だけではなくいろんな国のお客さんが食事をする、活気ある場所となっていました。

Dinner_03

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2015年9月20日(日) 第29日目

本日は、ツアー始まってから2回目の国境越え。キルギスからカザフスタンへ参ります。

ビシュケクから程近いコルダイという場所が一つのカザフスタンとの国境となっています。ホテルを出発して約30分で国境に到着。まず、キルギスの出国審査を受け、そしてそのまま歩いてカザフスタン側へ入り入国審査となります。私たちは比較的簡単に終わりましたが、バスの方が少々時間がかかったようで、しばらく待つことに。結局、約1時間で出入国審査を終えました。その後、すぐに給油。物価はキルギスよりも高いカザフスタンなのですが、ガソリンは安い。公式レートで計算すると1L=50円くらいです。産油国ならではの恩恵、羨ましいですね。

カザフスタンは国土が世界第9位の大きさで日本の7倍強、国境を接する国はロシア、ウズベキスタン、中国、キルギス、トルクメニスタンで、長さは1万2,000km余り。国土の44%は草原で14%は半砂漠です。以前に比べると道路がとても良くなり、これから向かうタラズの街までは殆どハイウエイを通っていきます。

View_on_the_way_01

View_on_the_way_02

途中、ドライバーたちの休憩場所となっているアクルトベという場所に止まり昼食です。

Lunch_01

食堂に入り、中央アジアで食されている「ショルポ」という羊肉とジャガイモの入ったスープとマンティをいただきました。どちらも家庭料理で美味しい。

Lunch_02

Lunch_03

Lunch_04

順調に走り、タラズの街に到着しました。ここはキルギスからタラス川が流れる場所。751年7月スイヤーブに駐屯していた唐軍とブハラ・サマルカンドに結集していたアッバース朝のイスラム勢力がついにタラス川で決戦、しかし、唐軍内部のカルルク族の離反が起こり、イスラム側の勝利となりました。この戦いそのものはその後の中央アジアの運命を決するような意義はなかったのですが、それよりも重要なことがその捕虜となった唐軍内兵の中に紙漉き職人がいて、製紙方法が西へ伝わる出来事となりました。6年後にはサマルカンドに初の製紙工場ができ、12世紀終わりにようやくヨーロッパへ技術が伝わりました。
現在、その決戦を示すようなものは何も残っておらず、異なる時代の2つの霊廟が建っているのみです。

川や街を見下ろしていると、遠くから新婚さんやその家族、友人たちがやってきました。

Taraz_River_01

Taraz_River_02

Wedding_01

こちらでは街の代表的な場所を訪れるというのが慣習となっていて、訪れては練り歩いたり撮影会が始まります。暑い夏が終わってこれからしばらくは結婚シーズンです。私達も若い新婚さんたちの新しい門出を一緒にお祝いしていると、またまた別の新婚さんがやってきました。今日は結婚日和のようです。

街に移動しもう一ヶ所、カラハーン廟に立ち寄りました。

Mausoleum_01

Mausoleum_02

ここは、11世紀のカラハーン朝君主の廟で、カラハーン朝はイスラム王朝で13世紀初めにホラズム王国に滅ぼされました。現在の廟は20世紀に入ってから修復されたものです。

すると、ここにも新婚さんが。

Wedding_02

先ほどタラス川で見かけた新婚さんもいればまた別の新婚さんもやってきて…今日は何組の新婚を見かけたことか。どの新婚さんも長いリムジンカーに乗って移動しており、いつしか皆さんの興味も観光よりもリムジンカーへ。

Wedding_03

ちょっとお邪魔して乗せてもらいました。リムジンカーを使ったオプショナルツアーも作ってしまえばという声まで出ました。

Wedding_04

その後、ホテルへ到着となりました。

Hotel

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第26、27日目


2015年9月17日(木) 第26日目

初めてのキルギスでの朝を迎えました。空気は冷たいのですが、清々しい朝です。

Dawn

朝食はパン、薄いクレープのような卵焼き、オートミールなど、やはり洋風。ヨーロッパからのお客さんも泊まっているようです。

Breakfast

ホテルを出発。

Present

山の中を走っていくと、道端でなにやら売っている人を発見しました。馬乳酒「クムズ」です。ガイドさんからのプレゼントで馬乳酒をみんなで試飲。酸味はありますが、すっきりとした味。イスラム教徒であるキルギス人が伝統的に飲んでいる馬乳酒は「お酒」ではないそうで、どのキルギス人もこの馬乳酒を飲んでます。因みにアルコール度数は4度くらい、一般的なビールよりも少し低いくらいです。

Alchol made by horse milk_01

Alchol made by horse milk_02

Alchol made by horse milk_03

また走り続け、イシククル湖手前でストップ。ここには18世紀に造られた隊商宿キャラバンサライ跡があります。

Photo stop on the way

Caravan Saray

キルギス内では一番最後に造られたものだそうですが保存状態はよくなく、ただただ風化する一方です。

ここで、ドイツのマンハイムから自転車に乗って旅行をしているという男性に出会いました。

German Youth

話を聞くと、この後、アルマトイからビシュケクへ、飛行機でインドへ渡り東南アジアを走り、来年4月には日本へ渡り、そこから飛行機でメキシコへ飛んで最終地は南米チリだそうで、世界にはやはりいろんな旅人がいるものですね。

バスがイシククル湖西端の街バルクチを通過したところ、バンと大きな音がし、車内には砂煙りが立ち込めました。今回のツアーで2回目のパンクです。

Burst_01

皆さんが見守る中、ドライバーのウラジミールさんが手際よく20分程でタイヤ交換を終え改めて出発しました。

Burst_02

イシククル湖の畔のホテルに到着。なんとも広いホテルで、客室のコテージが湖のビーチまで延びています。

Hotel_05

Hotel_06

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まずは昼食を摂りました。ハンバーグが出ました。

Lunch

改めてホテルを出発。20分程走り、チョルポンアタ野外岩絵博物館に到着しました。ここにはかつてサカ族が描いた岩絵が900点以上も草原に点在しています。時代は8世紀から紀元5世紀までのものでシカ、ユキヒョウ、ヤギ、弓を射る人など日常生活に関するものが殆どです。ユキヒョウはその当時飼い慣らされていたようです。野外岩絵博物館と名付けられていますが、広大な原っぱで羊や牛も入場できるんだそうです。

Cholpon Ata_01

Cholpon Ata_02

Cholpon Ata_03

Cholpon Ata_03

ホテルに戻り、しばし湖畔を散策しました。もう観光シーズンのピークは過ぎており、観光客もまばらだったのですが、何人かの客は湖で泳いでいました。水は…冷たいです。でも、日光浴するにはちょうど良い時期となりました。

Hotel_03

Hotel_01

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夕食はホテルにて。外国人のお客さんがちらほらいらっしゃいました。そうだ、もちろん、私たちも外国人です。

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2015年9月18日(金) 第27日目

イシククル湖滞在2日目。朝食はいわゆる洋食ビュッフェ。中国ではあまり見かけなかったクレープや目玉焼きが出てきました。

Breakfast

Breakfast_02

まず最初の観光は、イシククル湖のクルーズ。
乗り場まではバスで20分程。貸切船に乗り出航!南の天山山脈は雲に覆われ見えなかったのですが、概ね晴れ。風は冷たいですが、日差しは暖かい。イシククル湖は琵琶湖の約9倍の大きさで、東西180km、南北広いところで60km、周囲510km、最深部で670mある高山湖。透明度は20mとロシアのバイカル湖に次ぐ世界第2位。キルギス語で「熱い湖」を意味する、不凍湖です。7世紀、玄奘三蔵がインドへ向かった時に湖畔を通ったと言われています。約1時間の穏やかなクルーズを楽しみました。

Lake Cruise_01

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再びバスに乗り、イシククル湖の東端にあるカラコルを目指します。2時間程走り、カラコル手前のバザールでストップ。昼食にお出しするメロンを購入しました。

Melon

カラコルに到着するとまず、ドゥンガンモスクという19世紀後半に清朝の弾圧から逃れてきた回族が1906年に建造した中国風モスクを見学しました。今日は金曜礼拝の日。礼拝のための準備が進められる中、見させてもらいました。最近厳しくなり、女性は頭から足元まですっぽり隠れる服を着用して見学します。

Mosque_01

Mosque_02

そしてもう一つ、ロシア正教の教会へ。1876年にレンガ造りの教会が創建されたのですが、市役所や遊戯場として使われた経緯から1890年代に木造で再建。腐りにくい天山もみの木が使われています。

Orthodox Church

昼食はカラコルの街の中にあるレストランにて。

Lunch_03

まずほかの街では食べられない、アシリャンフという料理、これは中国からやってきたドゥンガン族の麺料理で酸味のある冷麺のような感じです。

Lunch_01

そしてシャシリク、いわゆるシシカバブで、新疆のものと比べると大きく、味付けはシンプルで量もたっぷり。どちらも美味しくいただきました。

Lunch_04

Lunch_02

また、先程買ったメロンも柔らかくて甘かったです。

カラコルから少し離れたところにプルジヴァルスキー博物館があります。

Museum_01

ニコライ・ミハイロヴィッチ・プルジヴァルスキーはロシアの探検家であり陸軍大尉であった人物。モンゴルや中国西部を探検しましたが、このカラコルでチフスにより49才で亡くなりました。身長198cm、体重140kgの大男でした。ここは彼に関する博物館で、大きな中央アジアの地図で彼の足跡を辿ります。

Museum_02

スターリンの息子?という怪しい説もあるそうです。敷地は公園のようになっており、湖の見える場所には記念碑と彼のお墓があります。彼の遺言で、イシククル湖の側に埋葬して欲しかったのだそうです。

Museum_03

Museum_04

その後ホテルへ。夕食はホテルにて。今日もお客さんはちらほら、スペインや日本人の宿泊客も見られました。

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第24、25日目


2015年9月15日(火) 第24日目

本日は、ツアー始まって2回目の休息日。そして中国出国の前日となります。
皆さん街中を散策されたり、体を休めたり、それぞれの休息日を過ごされました。

ご希望の方は、ホテル近くのレストランにて昼食を召し上がっていただきました。凉皮を食べる方あり、牛肉麺を食べる方あり。

Lunch_01

牛肉麺は恐らく蘭州で食べて以来だと思います。

Lunch_03

凉皮はその名の通り冷たい麺で、こちらでは暑い夏場によく食べられています。本来は陝西省の食べ物ですが、もちろん今では中国全土で食べられます。軽く腹ごしらえしました。

Lunch_02

今日は観光もないということで、少し喀什の街のご紹介を。
宿泊しているホテルは人民路と解放路が交わる街のど真ん中にあり、散策するにはもってこいです。現在の喀什は急速に開発が行われ、至る所で建設ラッシュです。

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少し歩いて旧市街へ向かいました。人民東路を東へ進むと大きな東湖公園があり、その北側に旧市街があります。一歩足を踏み入れると、まだウイグル色豊かな懐かしい街並みが残っています。

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一軒のお宅を少し覗かせていただきました。お母さんの側にはゆりかごに載せられた幼子が眠っています。

Kashgar_07

お母さんはこのゆりかごを揺らしながら家事を行います。ちょうど食事の支度をしているところで、薄力粉の生地を伸ばして野菜の具材が入ったマントウを作っていました。

Kashgar_08

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迷路のような旧市街をどちらともなく彷徨っていると、見覚えのあるエイティガール寺院前に出てきました。

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現在の喀什は新しいものと古いものが混在した街へと変貌しています。2年後、3年後、また喀什を訪れたとしたら、どんな街になっているのでしょうか。

19時、まだ外は明るいです。
今日初めての皆さんのお顔合わせ。揃って昨夜と同じレストランで中国最後の夕食をいただきました。見慣れた円卓も今日が最後となります。ここまでの皆さんの労をねぎらい、そしてこれから先の安全な旅を祈願して、ワインで乾杯!

明日はいよいよ25日間滞在した中国に別れを告げ、初めての国境越え、2ヶ国目のキルギスへ向かいます。

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2015年9月16日(水) 第25日目

いよいよ今回のツアーの中では最長滞在となる中国を出国し、第2カ国目のキルギスへと向かいます。

まず、喀什から60km離れたトルガルト峠へ。
中国時間10時30分に中国側のチェック・ポイントがオープンする予定が…その気配まったくなし。待たされること30分、ようやく税関が開きました。荷物を検査され、出国審査も無事終わろうかとしたところ、またパスポートの回収が。結局のところトータルで1時間半もかかってしまいました。

Check_Point

ここから本当の国境・トルガルト峠までは110km。ガタガタ道を揺られながら進んでいきます。もう少しでトルガルト峠というところで最後の検問所があります。ここを抜ければと思いきや…昼休みの為閉鎖されていました

Remaining_Snow

Rest_on_the_Way

。どうすることもできず昼休みが終わるまでただひたすら待ちました。その間、添乗員お手製のいなり寿司でもお召しがりください。

Special_Snack

16時30分、ようやく長い昼休みが終わり再オープン。そして、ようやく標高3752mのトルガルト峠に到着。ここはキルギスが独立した後、1992年に初めて中国との間に開かれた国境です。ここで中国のガイドさん、ドライバーさんに別れを告げ、キルギス側へ。ここには中国、キルギスそれぞれのモニュメントが建っていますが、キルギス側のモニュメントだけ許可をもらい撮影し、キルギスのガイドエルメックさんとドライバーのウラジミールさんと合流、キルギス側審査場へと向かいました。

Monument_of_Kyrgyz_Side

緩衝地帯を走ります。入国審査も無事終えました。キルギスは中央アジアで唯一、ビザの要らない国。中央アジアの中では一番簡単な入国審査です。(註:2014年7月から1年間、暫定的にカザフスタンのビザが日本国籍保有者について免除され、2015年7月からさらに1年間、同措置が延長されています。)

この辺りはキルギスの中でも豪雪地帯。冬には雪が積もり、過去にマイナス56℃を記録したこともあるといいます。そして、キルギス第3の湖・チャテルクリ湖が側にあります。

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ここでもまだ標高3,530m。ここで、遅くなりましたが、キルギス側で用意してくれていた、昼食のお弁当を頂きました。内容はサンドイッチ、チーズ、ピクルスなど洋風のものでした。このお弁当一つとっても、中国を出国したことを実感する瞬間です。

Lunch_01

Lunch_02

ここからナリンまでは、かねてからの道路工事が終わり、比較的快適に走行できるようになりました。中国とはガラッと変わり、なんとも穏やかな牧歌的な風景が広がっています。峠を一つ越えるだけで、こうも変わるものかと何度もここを通っていますが、改めて思ってしまいました。
と、そこへ大きな家畜の群れが通りました。羊、牛、馬、そして、それらを操る馬に乗ったキルギス人。彼らは幼い頃から馬を乗りこなしているため、乗馬もお手のものです。子供ながらも、見ていて恰好いいものでした。

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標高2,370mのナリンに到着。ここでは観光はなく、宿泊するだけ、それなら、ということで、本来はホテル内のレストランで予定していた夕食をキャンセルし、ちょっとした観光も兼ねて街の中のレストランでキルギス初めての夕食を摂りました。

Narin

中国とは違った雰囲気。お食事は、新疆でも頂いたラグ麺ならぬラグマン、そしてマントウならぬマンティ。どちらも新疆とは少し違った感じですが美味しい。

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Dinner_03

今日4回目の食事を終えホテルへ。Wi-Fiが気持ちよく繋がるので感激。長い一日でした。皆様、お疲れ様でした。

Hotel_Room

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第22、23日目


2015年9月13日(日) 第22日目

本日は、阿克蘇から中国での最終地である喀什(カシュガル)へ向かいます。

VIEW_ON_THE_WAY

途中、西克爾(シクル)という場所で昼食。こういった食堂でいただくのもここで最後。

LUNCH_01

今日はいつもと違って「炒麺」という、麺をちぎって煮立った湯の中に放り投げ湯がいた麺を、炒めた具材の中でさらに炒めた料理をいただきました。パスタにも似た麺です。お味は好吃!

LUNCH_02

LUNCH_03

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また、ここ西克爾はメロンで有名なところで、甘いメロンも美味しくいただきました。

MELON

その後は一路、喀什へ。
今日の観光は香妃墓からスタート。

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ここは、喀什の実権を握っていた指導者アパク・ホジャとその家族の墓で、1670年アパク・ホジャが父ホジャ・ユースフの為に建てたものが拡大していきました。清の乾隆帝に嫁いだウイグル人妃イパルハンが葬られていると言われています。ちなみに彼女からナツメの花のような芳しい香りがしたことから「香妃」と呼ばれています。

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その後はバザールへ。今日は日曜日。ということで普段よりもたくさんの人たちが訪れる日曜バザールが行われています。

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ここでもあらゆるものが売られていますが、中には喀什名物のざくろジュースがあり、皆さんお試しになりました。

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そして、街の中心・エイティガール寺院へ。

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1798年建造の新疆最大のイスラム教寺院。何度か修復され1872年、大規模な改修工事が行われました。イスラム教の祭日には、約3万人の信者が訪れるそうです。礼拝間際で入れるか心配でしたが、ガイドのヤリクンさんの友人がいたので何とかセーフ。中の礼拝堂を見学しました。

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この寺院の周辺は職人街と呼ばれるウイグル人居住区になっています。その名の通り、職人が喀什特産の民族楽器や刺繍帽、銅製品、また、ナンやシシカバブなどを作って売っています。こちら喀什でもやはり開発の波が押し寄せていますが、そんな中でもまだウイグル色が色濃く残る地域です。

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ここでサムサという肉のパイを買っていただきました。

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その後バスに乗り夕食レストランへ。場所は色満賓館。20世紀初め、ロシアとイギリスの帝国主義的対立によって両国の総領事館が喀什に置かれ、ここは旧ロシア総領事館が置かれていた場所です。その歴史的な場所での夕食です。

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鍋料理をいただきました。日本の鍋とは違って2段式、具材は牛肉、羊肉、白菜・大根などの野菜です。味付けは黒酢、ごま油、唐辛子、にんにく、落花生、香菜(パクチー)などで、この辺りが日本と違うところでしょうか。

DINNER_02

傍らでは、ウイグルの民族音楽の演奏が行われており、私たちも鑑賞させていただきました。

DINNER_03

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2015年9月14日(月) 第23日目

今日はカラクリ湖まで約200km、走っていきます。が、内80kmが道路工事ということで小型バスでの移動です。

COASTER

喀什を出たところにある烏帕爾(ウパール)村で休憩。ここでナンとメロンの非常食を購入し、何があっても大丈夫です(笑)

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途中、ガイズ河と山が見られるところで写真ストップ。赤土の山、河、そして奥に雪山とそのコントラストが素晴らしいのでみんな止まっていきます。

PHOTO_STOP_01

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ここは国境にも近いということで検問所が設けられています。

CHECK_POINT

パキスタンまで320km、キルギスまで160km。パスポートを見せて無事通過。

至る所で道路工事が行われていました。建設中の橋脚もたくさん見られましたが、その名の通りハイウェイが造られており、数年後に訪れると風景が一変していそうな雰囲気です。

HIGHWAY

カラクリ湖手前30kmには美しいブロンコリ湖があります。右から天山山脈、その奥に崑崙山脈そして青い湖。皆さん、写真撮影と緑の石探しです。この辺りで標高3,300m。カラクリ湖までもう少しです。

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そして、ようやく標高3,600mにあるカラクリ湖に到着。残念ながらコングール山(7,719m)とムスタグアタ山(7,546m)の頂は見えなかったのですが、天気は晴れ、透き通った綺麗な湖が見られました。日差しは暖かいのですが風は冷たかったです。

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昼食は湖畔にあるキルギス族のテントにて。

LUNCH_01

この辺りは、キルギスに近いということでキルギス族の人たちがたくさん住んでいます。キルギス族のテント(ユルタといいます)の中で中華料理をいただきました。

LUNCH_02

再び同じ道を通って喀什へ。途中休憩、そしてバスの洗車も。

CAR_WASHING

喀什ホテルに到着し、すぐ近くのレストランで夕食を摂り一日が終了しました。今日は長らく無料のマッサージ(ガタガタ道を走った振動のことです!)を受け、大変お疲れ様でした。明日はツアー始まってから2回目の休息日。まだまだこれから続く長いツアーに備え、ゆっくり体を休めましょう。

最後に、宿泊した横にある人民広場の夜の様子をご紹介します。

REN_MIN_PARK_01

REN_MIN_PARK_02

REN_MIN_PARK_03

(つづく)

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