世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

キルギス

【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第28、29日目


2015年9月19日(土) 第28日目

本日は、キルギスの首都ビシュケクへ向かいます。

Hotel

途中、アクベシム遺跡に立ち寄りました。

Ak_Besim_01

ここは、5~12世紀にこの一帯で勢力を誇っていたソグド人や突厥の都市遺構で、貨幣や仏像のレリーフの断片が発見されたことにより、唐代のスイヤーブ(砕葉城)であることが判明しました。玄奘がインドへ向かう途中、西突厥王に会い大いなる歓待を受けました。また、唐代の大詩人・李白の故郷とも言われています。ここは何も残っていない遺跡、想像力が必要な遺跡です。

Ak_Besim_02

その後、トクモクという街にある民家で昼食をとりました。ムカンさんというお宅にお邪魔しました。

Lunch_01

日本と同じく靴を脱いで中へ入ります。テーブルにはたくさんのお皿が載っていますが、お客さんをもてなす時にはたくさんの料理が振る舞われます。

Lunch_02

たくさんの前菜とメインは麺料理・ベシュバルマック。羊肉の入った麺で「5本指」という意味、5本の指を使って食べるのでこう呼ばれます。

Lunch_03

庭では小さな女の子が湯沸かし器サモワールでお湯を沸かしていました。ここキルギスでは、家のお手伝いをする子供たちをよく見かけます。偉いですね。

Lunch_04

食後、近くにあるバラサグン遺跡を見学しました。
ここには、10~13世紀にこの一帯を支配していた遊牧民国家カラハーン朝の首都がありました。シルクロードはまさにこの街を通っていたのです。
11世紀に建てられたブラナの塔は見張り塔や陸の灯台として使われていたとも言われまています。もともと44mあった塔は現在27m。

Brana_Tower_01

小さな博物館やキルギス各地で発見された人の形をした墓石・石人などを見たり、皆さんブラナの塔に上がりました。

Stone_People

中は細く急な階段になっており、へばり付きながら上まで。遺跡や近くのキルギス・アラトー山脈などが一望できます。とてもいい運動になりました。

Brana_Tower_02

その後ようやく首都のビシュケクに入りました。さすが都会、交通量も増えてきました。日本車は人気があり、たくさんの中古車が道端では売られています。

街の中心がアラトー広場で、真ん中にはキルギスの英雄マナス像と国旗があり、国旗を守る衛兵が立っています。

Ala_Too_Square_01

「マナス」は50万行からなる民族叙事詩でもあり、世界最長の口承文学です。生まれた時は身長1m、体重10kgだったそうです。広場に建つ国立歴史博物館を見学しました。キルギスの歴史や民俗に関するものと旧社会主義時代の資料を展示しています。

Ala_Too_Square_02

Ala_Too_Square_03

一度街の南にある今晩泊まるホテルに入り、改めて夕食へ。今回はこのツアー3回目の日本食。日本の方が経営する「FURUSATO」というレストランです。

Dinner_01

サンマとサバの魚料理が内陸国では何とも有難いです。そしてご飯と味噌汁。日本人の方が経営されてるということで味は日本と変わらない。

Dinner_02

オーナーも出てこられ、ご挨拶をいただきました。4年前の東日本大震災の時、決して豊かとは言えないキルギスが日本に援助をしてくれたのをきっかけにビシュケクで日本食レストランを開業することを決意されたんだそうです。

Dinner_04

日本人だけではなくいろんな国のお客さんが食事をする、活気ある場所となっていました。

Dinner_03

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2015年9月20日(日) 第29日目

本日は、ツアー始まってから2回目の国境越え。キルギスからカザフスタンへ参ります。

ビシュケクから程近いコルダイという場所が一つのカザフスタンとの国境となっています。ホテルを出発して約30分で国境に到着。まず、キルギスの出国審査を受け、そしてそのまま歩いてカザフスタン側へ入り入国審査となります。私たちは比較的簡単に終わりましたが、バスの方が少々時間がかかったようで、しばらく待つことに。結局、約1時間で出入国審査を終えました。その後、すぐに給油。物価はキルギスよりも高いカザフスタンなのですが、ガソリンは安い。公式レートで計算すると1L=50円くらいです。産油国ならではの恩恵、羨ましいですね。

カザフスタンは国土が世界第9位の大きさで日本の7倍強、国境を接する国はロシア、ウズベキスタン、中国、キルギス、トルクメニスタンで、長さは1万2,000km余り。国土の44%は草原で14%は半砂漠です。以前に比べると道路がとても良くなり、これから向かうタラズの街までは殆どハイウエイを通っていきます。

View_on_the_way_01

View_on_the_way_02

途中、ドライバーたちの休憩場所となっているアクルトベという場所に止まり昼食です。

Lunch_01

食堂に入り、中央アジアで食されている「ショルポ」という羊肉とジャガイモの入ったスープとマンティをいただきました。どちらも家庭料理で美味しい。

Lunch_02

Lunch_03

Lunch_04

順調に走り、タラズの街に到着しました。ここはキルギスからタラス川が流れる場所。751年7月スイヤーブに駐屯していた唐軍とブハラ・サマルカンドに結集していたアッバース朝のイスラム勢力がついにタラス川で決戦、しかし、唐軍内部のカルルク族の離反が起こり、イスラム側の勝利となりました。この戦いそのものはその後の中央アジアの運命を決するような意義はなかったのですが、それよりも重要なことがその捕虜となった唐軍内兵の中に紙漉き職人がいて、製紙方法が西へ伝わる出来事となりました。6年後にはサマルカンドに初の製紙工場ができ、12世紀終わりにようやくヨーロッパへ技術が伝わりました。
現在、その決戦を示すようなものは何も残っておらず、異なる時代の2つの霊廟が建っているのみです。

川や街を見下ろしていると、遠くから新婚さんやその家族、友人たちがやってきました。

Taraz_River_01

Taraz_River_02

Wedding_01

こちらでは街の代表的な場所を訪れるというのが慣習となっていて、訪れては練り歩いたり撮影会が始まります。暑い夏が終わってこれからしばらくは結婚シーズンです。私達も若い新婚さんたちの新しい門出を一緒にお祝いしていると、またまた別の新婚さんがやってきました。今日は結婚日和のようです。

街に移動しもう一ヶ所、カラハーン廟に立ち寄りました。

Mausoleum_01

Mausoleum_02

ここは、11世紀のカラハーン朝君主の廟で、カラハーン朝はイスラム王朝で13世紀初めにホラズム王国に滅ぼされました。現在の廟は20世紀に入ってから修復されたものです。

すると、ここにも新婚さんが。

Wedding_02

先ほどタラス川で見かけた新婚さんもいればまた別の新婚さんもやってきて…今日は何組の新婚を見かけたことか。どの新婚さんも長いリムジンカーに乗って移動しており、いつしか皆さんの興味も観光よりもリムジンカーへ。

Wedding_03

ちょっとお邪魔して乗せてもらいました。リムジンカーを使ったオプショナルツアーも作ってしまえばという声まで出ました。

Wedding_04

その後、ホテルへ到着となりました。

Hotel

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第26、27日目


2015年9月17日(木) 第26日目

初めてのキルギスでの朝を迎えました。空気は冷たいのですが、清々しい朝です。

Dawn

朝食はパン、薄いクレープのような卵焼き、オートミールなど、やはり洋風。ヨーロッパからのお客さんも泊まっているようです。

Breakfast

ホテルを出発。

Present

山の中を走っていくと、道端でなにやら売っている人を発見しました。馬乳酒「クムズ」です。ガイドさんからのプレゼントで馬乳酒をみんなで試飲。酸味はありますが、すっきりとした味。イスラム教徒であるキルギス人が伝統的に飲んでいる馬乳酒は「お酒」ではないそうで、どのキルギス人もこの馬乳酒を飲んでます。因みにアルコール度数は4度くらい、一般的なビールよりも少し低いくらいです。

Alchol made by horse milk_01

Alchol made by horse milk_02

Alchol made by horse milk_03

また走り続け、イシククル湖手前でストップ。ここには18世紀に造られた隊商宿キャラバンサライ跡があります。

Photo stop on the way

Caravan Saray

キルギス内では一番最後に造られたものだそうですが保存状態はよくなく、ただただ風化する一方です。

ここで、ドイツのマンハイムから自転車に乗って旅行をしているという男性に出会いました。

German Youth

話を聞くと、この後、アルマトイからビシュケクへ、飛行機でインドへ渡り東南アジアを走り、来年4月には日本へ渡り、そこから飛行機でメキシコへ飛んで最終地は南米チリだそうで、世界にはやはりいろんな旅人がいるものですね。

バスがイシククル湖西端の街バルクチを通過したところ、バンと大きな音がし、車内には砂煙りが立ち込めました。今回のツアーで2回目のパンクです。

Burst_01

皆さんが見守る中、ドライバーのウラジミールさんが手際よく20分程でタイヤ交換を終え改めて出発しました。

Burst_02

イシククル湖の畔のホテルに到着。なんとも広いホテルで、客室のコテージが湖のビーチまで延びています。

Hotel_05

Hotel_06

Hotel_07

Hotel_04

まずは昼食を摂りました。ハンバーグが出ました。

Lunch

改めてホテルを出発。20分程走り、チョルポンアタ野外岩絵博物館に到着しました。ここにはかつてサカ族が描いた岩絵が900点以上も草原に点在しています。時代は8世紀から紀元5世紀までのものでシカ、ユキヒョウ、ヤギ、弓を射る人など日常生活に関するものが殆どです。ユキヒョウはその当時飼い慣らされていたようです。野外岩絵博物館と名付けられていますが、広大な原っぱで羊や牛も入場できるんだそうです。

Cholpon Ata_01

Cholpon Ata_02

Cholpon Ata_03

Cholpon Ata_03

ホテルに戻り、しばし湖畔を散策しました。もう観光シーズンのピークは過ぎており、観光客もまばらだったのですが、何人かの客は湖で泳いでいました。水は…冷たいです。でも、日光浴するにはちょうど良い時期となりました。

Hotel_03

Hotel_01

Hotel_02

夕食はホテルにて。外国人のお客さんがちらほらいらっしゃいました。そうだ、もちろん、私たちも外国人です。

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2015年9月18日(金) 第27日目

イシククル湖滞在2日目。朝食はいわゆる洋食ビュッフェ。中国ではあまり見かけなかったクレープや目玉焼きが出てきました。

Breakfast

Breakfast_02

まず最初の観光は、イシククル湖のクルーズ。
乗り場まではバスで20分程。貸切船に乗り出航!南の天山山脈は雲に覆われ見えなかったのですが、概ね晴れ。風は冷たいですが、日差しは暖かい。イシククル湖は琵琶湖の約9倍の大きさで、東西180km、南北広いところで60km、周囲510km、最深部で670mある高山湖。透明度は20mとロシアのバイカル湖に次ぐ世界第2位。キルギス語で「熱い湖」を意味する、不凍湖です。7世紀、玄奘三蔵がインドへ向かった時に湖畔を通ったと言われています。約1時間の穏やかなクルーズを楽しみました。

Lake Cruise_01

Lake Cruise_02

Lake Cruise_03

Lake Cruise_04

Lake Cruise_05

再びバスに乗り、イシククル湖の東端にあるカラコルを目指します。2時間程走り、カラコル手前のバザールでストップ。昼食にお出しするメロンを購入しました。

Melon

カラコルに到着するとまず、ドゥンガンモスクという19世紀後半に清朝の弾圧から逃れてきた回族が1906年に建造した中国風モスクを見学しました。今日は金曜礼拝の日。礼拝のための準備が進められる中、見させてもらいました。最近厳しくなり、女性は頭から足元まですっぽり隠れる服を着用して見学します。

Mosque_01

Mosque_02

そしてもう一つ、ロシア正教の教会へ。1876年にレンガ造りの教会が創建されたのですが、市役所や遊戯場として使われた経緯から1890年代に木造で再建。腐りにくい天山もみの木が使われています。

Orthodox Church

昼食はカラコルの街の中にあるレストランにて。

Lunch_03

まずほかの街では食べられない、アシリャンフという料理、これは中国からやってきたドゥンガン族の麺料理で酸味のある冷麺のような感じです。

Lunch_01

そしてシャシリク、いわゆるシシカバブで、新疆のものと比べると大きく、味付けはシンプルで量もたっぷり。どちらも美味しくいただきました。

Lunch_04

Lunch_02

また、先程買ったメロンも柔らかくて甘かったです。

カラコルから少し離れたところにプルジヴァルスキー博物館があります。

Museum_01

ニコライ・ミハイロヴィッチ・プルジヴァルスキーはロシアの探検家であり陸軍大尉であった人物。モンゴルや中国西部を探検しましたが、このカラコルでチフスにより49才で亡くなりました。身長198cm、体重140kgの大男でした。ここは彼に関する博物館で、大きな中央アジアの地図で彼の足跡を辿ります。

Museum_02

スターリンの息子?という怪しい説もあるそうです。敷地は公園のようになっており、湖の見える場所には記念碑と彼のお墓があります。彼の遺言で、イシククル湖の側に埋葬して欲しかったのだそうです。

Museum_03

Museum_04

その後ホテルへ。夕食はホテルにて。今日もお客さんはちらほら、スペインや日本人の宿泊客も見られました。

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第24、25日目


2015年9月15日(火) 第24日目

本日は、ツアー始まって2回目の休息日。そして中国出国の前日となります。
皆さん街中を散策されたり、体を休めたり、それぞれの休息日を過ごされました。

ご希望の方は、ホテル近くのレストランにて昼食を召し上がっていただきました。凉皮を食べる方あり、牛肉麺を食べる方あり。

Lunch_01

牛肉麺は恐らく蘭州で食べて以来だと思います。

Lunch_03

凉皮はその名の通り冷たい麺で、こちらでは暑い夏場によく食べられています。本来は陝西省の食べ物ですが、もちろん今では中国全土で食べられます。軽く腹ごしらえしました。

Lunch_02

今日は観光もないということで、少し喀什の街のご紹介を。
宿泊しているホテルは人民路と解放路が交わる街のど真ん中にあり、散策するにはもってこいです。現在の喀什は急速に開発が行われ、至る所で建設ラッシュです。

Kashgar_01

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少し歩いて旧市街へ向かいました。人民東路を東へ進むと大きな東湖公園があり、その北側に旧市街があります。一歩足を踏み入れると、まだウイグル色豊かな懐かしい街並みが残っています。

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一軒のお宅を少し覗かせていただきました。お母さんの側にはゆりかごに載せられた幼子が眠っています。

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お母さんはこのゆりかごを揺らしながら家事を行います。ちょうど食事の支度をしているところで、薄力粉の生地を伸ばして野菜の具材が入ったマントウを作っていました。

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迷路のような旧市街をどちらともなく彷徨っていると、見覚えのあるエイティガール寺院前に出てきました。

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現在の喀什は新しいものと古いものが混在した街へと変貌しています。2年後、3年後、また喀什を訪れたとしたら、どんな街になっているのでしょうか。

19時、まだ外は明るいです。
今日初めての皆さんのお顔合わせ。揃って昨夜と同じレストランで中国最後の夕食をいただきました。見慣れた円卓も今日が最後となります。ここまでの皆さんの労をねぎらい、そしてこれから先の安全な旅を祈願して、ワインで乾杯!

明日はいよいよ25日間滞在した中国に別れを告げ、初めての国境越え、2ヶ国目のキルギスへ向かいます。

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2015年9月16日(水) 第25日目

いよいよ今回のツアーの中では最長滞在となる中国を出国し、第2カ国目のキルギスへと向かいます。

まず、喀什から60km離れたトルガルト峠へ。
中国時間10時30分に中国側のチェック・ポイントがオープンする予定が…その気配まったくなし。待たされること30分、ようやく税関が開きました。荷物を検査され、出国審査も無事終わろうかとしたところ、またパスポートの回収が。結局のところトータルで1時間半もかかってしまいました。

Check_Point

ここから本当の国境・トルガルト峠までは110km。ガタガタ道を揺られながら進んでいきます。もう少しでトルガルト峠というところで最後の検問所があります。ここを抜ければと思いきや…昼休みの為閉鎖されていました

Remaining_Snow

Rest_on_the_Way

。どうすることもできず昼休みが終わるまでただひたすら待ちました。その間、添乗員お手製のいなり寿司でもお召しがりください。

Special_Snack

16時30分、ようやく長い昼休みが終わり再オープン。そして、ようやく標高3752mのトルガルト峠に到着。ここはキルギスが独立した後、1992年に初めて中国との間に開かれた国境です。ここで中国のガイドさん、ドライバーさんに別れを告げ、キルギス側へ。ここには中国、キルギスそれぞれのモニュメントが建っていますが、キルギス側のモニュメントだけ許可をもらい撮影し、キルギスのガイドエルメックさんとドライバーのウラジミールさんと合流、キルギス側審査場へと向かいました。

Monument_of_Kyrgyz_Side

緩衝地帯を走ります。入国審査も無事終えました。キルギスは中央アジアで唯一、ビザの要らない国。中央アジアの中では一番簡単な入国審査です。(註:2014年7月から1年間、暫定的にカザフスタンのビザが日本国籍保有者について免除され、2015年7月からさらに1年間、同措置が延長されています。)

この辺りはキルギスの中でも豪雪地帯。冬には雪が積もり、過去にマイナス56℃を記録したこともあるといいます。そして、キルギス第3の湖・チャテルクリ湖が側にあります。

Lake_01

Lake_02

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Lake_04jpg

ここでもまだ標高3,530m。ここで、遅くなりましたが、キルギス側で用意してくれていた、昼食のお弁当を頂きました。内容はサンドイッチ、チーズ、ピクルスなど洋風のものでした。このお弁当一つとっても、中国を出国したことを実感する瞬間です。

Lunch_01

Lunch_02

ここからナリンまでは、かねてからの道路工事が終わり、比較的快適に走行できるようになりました。中国とはガラッと変わり、なんとも穏やかな牧歌的な風景が広がっています。峠を一つ越えるだけで、こうも変わるものかと何度もここを通っていますが、改めて思ってしまいました。
と、そこへ大きな家畜の群れが通りました。羊、牛、馬、そして、それらを操る馬に乗ったキルギス人。彼らは幼い頃から馬を乗りこなしているため、乗馬もお手のものです。子供ながらも、見ていて恰好いいものでした。

Way_to_Narin_02

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標高2,370mのナリンに到着。ここでは観光はなく、宿泊するだけ、それなら、ということで、本来はホテル内のレストランで予定していた夕食をキャンセルし、ちょっとした観光も兼ねて街の中のレストランでキルギス初めての夕食を摂りました。

Narin

中国とは違った雰囲気。お食事は、新疆でも頂いたラグ麺ならぬラグマン、そしてマントウならぬマンティ。どちらも新疆とは少し違った感じですが美味しい。

Dinner_01

Dinner_02

Dinner_03

今日4回目の食事を終えホテルへ。Wi-Fiが気持ちよく繋がるので感激。長い一日でした。皆様、お疲れ様でした。

Hotel_Room

(つづく)

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添乗員現地最新レポート 中央アジア・ワハン回廊編㉗


標高3,400mのサリタシュから標高900mのオシュまでの道のりでは、雪山をはじめ紅葉も見ることができました。徐々に気温も上がり、オシュでは半袖で過ごせるほどです。

道中

道中2

道中3 オシュ近郊

南部のフェルガナ盆地に位置する町オシュ。市街には、3,000年の歴史をもつ中央アジア最大の青空市場があります。

バザール1

バザール2

ばざーる5

女性たちの中には、お洒落のために金馬にしている女性を多く見かけました。

バザール3

バザール4

ウズベキスタンとの国境が目と鼻の先にあり、この国境は旧ソ連時代に地域圏に無理やり引かれたもので、オシュの貿易と経済発展に暗い影を落としています。

ここには、様々な人種が暮らしており、その宗教も様々です。キルギス最大のモスクやソ連崩壊後に再建されたロシア正教会もあります。また、キルギスで唯一、ユネスコの世界遺産に登録されているスレイマン山もあり、町のすぐそばに聳えています。

(つづく)

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添乗員現地最新レポート 中央アジア・ワハン回廊編㉖


標高4,100mほど、タジキスタンからキルギスへの国境越えです。ここでは、キルギス側のバスがタジキスタン側の国境まで迎えに来たため、緩衝地帯をスーツケースを持って歩くようなことはしませんでした。因みにここの緩衝地帯は険しい山岳道路です。約20km位の距離があるので、通常は車で越えます。

キルギスに入国後、しばらくして驚いたのは、気候と地形の変化です。今まで極度の乾燥地帯だったタジキスタンの山岳地帯に比べて、空の色は変わり、気温も急激に下がりました。また、辺り一帯は草原地帯に様変わりです。

国境越えて2時間後 草原地帯

そして翌日、目が覚めて窓の外を覗くとなんと、雪!宿の人の話しでは、先週も雪が降ったとのことでした。ここサリタシュは標高3,200mほどですので、この時期に雪が降るのもおかしくないようです。

雪が積もったバス

サリタシュから望む雪山

朝 雪降る宿の庭

朝 雪降るなか作業

運転手と宿の主人

さぁ、ここから一気にキルギス第2の都市オシュ(標高900mほど)へ向かいます。

(つづく)

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