世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

シンガポール

シンガポール、ジャマイカが世界遺産保有国に!第39回世界遺産委員会開催中



八幡製鉄所や軍艦島(正式名称:端島)をはじめとした全23資産の『明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域』の世界遺産登録で沸いた第39回世界遺産委員会が、6月28日~7月8日の日程でドイツのボンで開催されています。

現在も審議が続いており、今年も数多くの新世界遺産が登録される見込みですが、今回の世界遺産委員会で密かに注目を集めているのが、世界遺産条約批准国でありながらこれまで世界遺産を保有していなかったシンガポールとジャマイカが新たに世界遺産保有国となったこと。
本日は、今年新たに登録されたシンガポールとジャマイカの世界遺産をご紹介したいと思います。

■大都会のど真ん中に鎮座する シンガポール植物園(ボタニック・ガーデン)

Singapore_Botanic_Gardens_01

シンガポール中心部にあるこの植物園は、大英帝国の植民地における熱帯植物園の優れた例証であるとともに、東南アジアにおける熱帯植物の調査・研究に果たしてきた役割の大きさも評価され、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)からは「登録」を勧告され、今委員会で正式に登録となりました。

63.7ヘクタール(東京ドーム約13個分に相当)もの広大な敷地をもつこの植物園は、3つのエリアに分かれており、1周するには3時間以上かかる、と言われています。
朝5時~夜中の12時まで開園しており、年中無休。国立ラン園以外は入場も無料なので、観光客のみならず、地元の人々の憩いの場となっています。この植物園で結婚の記念写真を撮影するカップルも多いのだとか。

Singapore_Botanic_Gardens_02

■ブルーマウンテン・コーヒーの故郷 ブルー・アンド・ジョン・クロウ・マウンテンズ(ジャマイカ)

コーヒーの銘柄ブルーマウンテンで知られるブルーマウンテン山脈とジョン・クロウ山脈などを含む保護区で、第35回世界遺産委員会の審議では登録が見送られましたが、今回は文化・自然の両面で「登録」が勧告されましたた。文化的には奴隷解放の歴史と密接に結びついていることが評価され、自然的には生物多様性の点で評価された「複合遺産」としての登録となりました。

Blue_Mountains

その他の新しい世界遺産についても、随時ご紹介していければと思います。

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リー・クアンユー氏死去 シンガポール建国の父の足跡をたどる


ではなぜ、リー・クアンユー氏は頑ななまでにマラヤ連邦に留まろうとしたのでしょうか?

シンガポールは面積僅か600㎢(日本の淡路島とほぼ同じ面積)の島国に独立当初は200万人の人口、周辺をマレーシア、インドネシアとイスラム教国家に囲まれた国です。国土が極端に小さいということは国防の観点から見ても不安定な状況に置かれることを意味し、人口の大多数を華人系住民が占めるという現実は、非イスラム教国家の小国として有事の際であるなしに関わらず、孤立化の危険性をはらみ、大きな不安要素となりかねません。
加えて、基本的に一切のエネルギーや食糧のみならず水さえも自給できないという生産基盤も欠如していました。

このような状態の中でシンガポールが国として独立したらどうなるのか、その困難さを誰よりも認識していたからこそ、リー・クワンユー氏は何としてでもマラヤ連邦内に留まり、その中で生きる道を模索しようとしたのでした。
それも叶わず、半ば追放という形で独立せざるを得なくなったリー・クアンユー氏は、19658月9日の独立宣言の途中、自制心を失って涙したと言われています。それは、シンガポールのリーダーとして自身の双肩にのしかかるあまりにも大きすぎるプレッシャーと、シンガポールの未来に対する底知れぬ不安の表れだったのかもしれません。「Strong Man」とすら呼ばれたリー・クアンユー氏にとってすら、あまりにも過酷な現実だったのです。

LEE_KWAN_YEW_04

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シンガポールの国家建設は、文字通り「ゼロ」からのスタートであり、リー・クアンユー氏は様々な政策を展開してシンガポールを発展への道へと導いていきました。
それらは時に国内外から、特に人権の側面から批判にさらされることもありましたが、「アジアにはアジア特有の価値観がある」との「アジア的価値」を全面に押し出し、開発独裁と呼ばれる強権的な政治体制を堅持していきました。

リー・クアンユー氏の功績は枚挙にいとまがありません。それらについては専門書に譲りますが、ここではシンガポールが置かれた状況が最もよく表れている民族政策について簡単にご紹介したいと思います。

シンガポールには元来、移民の同化対象となる優位な文化が存在していなかったため、リー・クアンユー氏率いるシンガポール政府は、民族集団に依拠する「●●人」ではなく、民族を超越した「シンガポール人」というアイデンティティーを創り上げようとしました。同時に、多民族が共存するシンガポールにあって、民族間の対立は国を滅ぼしかねないとの懸念から、様々な法律を制定し、多民族が融和する国家創設を目指したのでした。
これに付随して、国際社会で有益な英語を公用語とし、その他、それぞれの国民の母語である華語(中国標準語)、タミル語も同様に公用語としました。なお、シンガポールの国語はマレー語です。これは、土着の民族であったマレー人に対する配慮だとも、あるいは、マラヤ連邦との分裂は一時的なものであり、いずれは再び連邦に戻るつもりであったため、とも言われています。

Singapore_Sign

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今年、シンガポールは建国50周年を迎えます。
1965年に不本意ながら独立した当時、誰が現在のような繁栄を極めるシンガポールの姿を想像したでしょうか?それは、リー・クアンユー氏ご本人にしてもそうだったのではないでしょうか。
様々な批判にさらされ、そして、様々な問題を抱えていたのも事実ですが、わずか50年の間にこれだけの国家を建設してきたことも紛れもない事実であり、これこそがリー・クアンユー氏の総合的なそして最大の功績だと言えるはずです。

Singapore_Land_Scape

50周年の節目を目前にこの世を去らなければならなかったことは無念だったかもしれません。しかし、自らの役割を全うし、その結果に納得ができたからこそ、シンガポール人として愛してやまないシンガポールを後世に託し、旅だっていったようにも思います。

ご冥福をお祈りします。

(おわり)

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【訃報】リー・クアンユー氏死去 シンガポール「建国の父」逝く


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シンガポールの初代首相で、シンガポール「建国の父」とも称されるリー・クアンユー氏が3月23日午前3時18分(日本時間同4時18分)、同国内の病院でお亡くなりになりました。91歳でした。

【シンガポール=吉田渉】シンガポール首相府は23日、同国のリー・クアンユー元首相が同日午前3時18分、同国内の病院で死去したと発表した。91歳だった。同氏は2月上旬に肺炎で入院し、治療を受けていた。1965年の独立から25年にわたり首相を務め、強力な指導力で同国を世界有数の富裕国に引き上げた。現首相のリー・シェンロン氏は長男。

 リー氏の訃報は同日未明に首相府が声明を通じて発表した。葬儀などの詳細は追って発表するとしている。トニー・タン大統領は自身のフェイスブックで「リー氏の先見性と発展への絶え間ない追求が無ければ、現在のシンガポールは存在しなかった」と述べた。(日本経済新聞より抜粋掲載)

早朝にもたらされたこの訃報に接し、また一つの時代の終焉を感じずにはいられません。
追悼の意味も込めて、この機会にリー・クアンユー氏及びシンガポールの歴史や功績を2回にわたり、ここで簡単に振り返ってみたいと思います。

自叙伝によると、客家系華人の4世にあたるといいます。曾祖父の時代に清の時代の広東省を出発し、当時イギリスの海峡植民地だったシンガポールに移住してきました。

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第二次世界大戦後イギリスに留学し、帰国後は弁護士として活動していましたが、1954年11月21日、同志たちとともに人民行動党(People's Action Party; 略称PAP)を創設、同党は後述のシンガポール独立以降は現在に至るまで一貫して与党の座を維持しています。

1959年、国防と外交を除く国内問題に対する自治権を得て、リー・クアンユー氏はシンガポールの初代首相に就任、以降1990年に首相の座を後任のゴー・チョクトン氏に明け渡すまで実に31年間にわたって首相を務めることとなります。1961年にマラヤ連邦首相のラーマン氏がシンガポール、サバ州、サラワク州を含む連邦形成を提案すると、これをシンガポールのイギリスからの独立、将来へ向けての繁栄の好機と踏んだリー・クアンユー氏は実現へ向けての活動を展開。1963年9月16日、シンガポールは晴れてマレーシアの一部となったのでした。

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リー・クアンユー氏の悲願であったマレーシアとの連邦関係も、残念ながら長くは続きません。
マレーシアはマレー人が大多数を占め、マレー人などの土着の住民を優遇する「ブミプトラ政策」と呼ばれる政策をもつ国でした。一方、シンガポールは華人系住民が大多数を占めており、そのシンガポールをマレーシアに包含すること、そして、その代表である人民行動党がマレーシアにおいて政治活動を行うことにマレーシア政府は大きな懸念を抱くようになります。

1964年7月21日にはマレー系住民と華人系住民の衝突が発生、多数の死傷者を出す惨事となりました。同年9月にはさらに大きな暴動が勃発、これにより国民生活に大きな影響が出るに至りました。
これらを受け、ラーマン首相は「中央政府に忠誠を示さなかった州政府とは、すべての関係を断ち切る」との方針を打ち出し、シンガポールを連邦から追放することを決定しました。リー・クアンユー氏は何としてでも連邦に留まるべく、あらゆる打開策を熟考し続けたものの失敗に終わり、1965年8月7日、リー・クアンユー氏はマラヤ連邦からの分離に合意する文書に署名したのでした。
そして、2日後の同年8月9日、シンガポール共和国の独立がリー・クアンユー氏により、宣言されたのでした。

これは、シンガポールの独立という体裁ではあったものの、実際にはマレーシア連邦からシンガポールが追放されたに等しく、苦渋の選択により、独立せざるを得なかったという側面をももつものでした。

(つづく)

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汚名返上!マーライオンのお勉強 シンガポール


以前のエントリー『世界三大“ほにゃらら”』の中で「世界三大がっかり」の筆頭に名を連ねてしまったシンガポールのシンボル『マーライオン』。
マーライオンと聞いて知らない人はいないにも関わらず、その詳細まで知る人はごくごくわずか。
今日は、そんなマーライオンの汚名を返上すべく、マーライオンの知られざる姿を垣間見てみることにしましょう。

マーライオンとマリーナベイサンズ

マーライオンとは、頭部が獅子、体が魚というシンガポールの神話に由来する想像上の動物です。
11世紀にスマトラのウタマ王子が対岸に見える大地を目指して航海に出た際、途中で海が激しく荒れ、王子がかぶっていた王冠を海に投げ入れたところ海が静まり、目指していた大地にたどり着けました。そして、その時に獅子のような生き物が現れ、王子にその土地を治めることを許し立ち去ったといいます。マーライオンの頭部はこの時王子が見た獅子のような動物を表わしています。
下半身の魚は、当時、現在のシンガポール周辺に栄えていた漁村テマセック(ジャワ語で「海」)を象徴しています。
王族は、その目指した大地を「ライオン(シンガ)の都市(プラ)」と名付け、それが転じて現在のシンガポールの名前の由来となったのです。

最初にシンガポールのシンボルとしてのマーライオンが登場したのは、1972年のこと。マーライオン・パークと名付けられた入り江に臨む公園に建てられた高さ8.6mのものでした。当初は常時水を吐きだしていましたが、やがてポンプの故障により水を吐きだしている姿を見られるのは極々稀なこととなり、また、近くに橋ができて正面から見ることもできなくなりました。こんなところから、世界三大がっかりに数えられるようになってしまったのかもしれません。いつ行っても水を吐く姿を見ることができないマーライオン、そんな状況から「満潮時にだけ水を吐く」などの噂話もまことしやかにささやかれることにもなりました。

2005年に新設されたマーライオン・ピアにお引越しを果たしてからは、ポンプの故障も解消し、常時水を吐くマーライオンの姿を見ることができるようになりました。さらには、正面から見るための桟橋も設置され、観光客からの人気も復活して、世界三大がっかりの汚名を返上しつつあります。

さて、このマーライオン、現在では冒頭の写真のマーライオン・ピアにある1体だけではありません。
シンガポールにいくつのマーライオンが存在しているのか、見てみることにしましょう。

Small_Merlion

オリジナルのマーライオンのすぐ後ろには、高さ2mほどのミニ・マーライオンが反対を向いて立っています。これが2体目です。

Sentosa_Merlion

観光客のみならず、地元の人々にも人気のリゾート・アイランドであるセントーサ島。ここには高さ37mのマーライオンが鎮座しています。頭頂部と口の部分が展望台となっており、上からシンガポールの夜景を楽しむこともできます。オリジナルのマーライオンとは一味違う凛々しい表情が印象的です。
これが3体目です。

MtFaber_Merlion

セントーサ島とロープウェイでつながっており、デートスポットとして人気のあるマウント・フェーバー。ここにあるのが4体目です。

そして、シンガポール政府観光局(STB)の前には高さ3mのマーライオンが立っています。
ということで、現在ではシンガポールには計5体のマーライオンがあるのです。

こんな雑学を頭に入れておきながら、マーライオン巡りをしながら、シンガポールを歩いてみるのも面白いかもしれませんね。
マーライオンが世界三大がっかりなどと言われなくなる日もそう遠くないことかもしれません。

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世界三大“ほにゃらら”


世界最大の旅行口コミサイト『トリップアドバイザー』が面白い特集記事を配信しています。題して、『世界三大ほにゃらら』。

「マチュピチュ」、「タージマハル」、「アンコールワット」の世界三大観光名所、「中華料理」、「フランス料理」、「トルコ料理」の世界三大料理、「ナポリ」、「函館」、「香港」の世界三大夜景など、様々なテーマでの「世界三大○○」をピックアップしています。

その中でも面白いのは、「世界三大がっかり名所」。
このテーマを聞いて、みなさんはどの名所が脳裏をよぎるでしょうか?
きっと、知名度があまりにも高すぎて同時に期待値も上がりすぎて、現場でがっかりしてしまう方が多いのでしょうね。これも、「有名税」の一種なのでしょうか。
正解は、トリップアドバイザーのサイトで確認してみてください。

いくら「がっかり」とは言われても、それは訪れた人だからこそ言える言葉でしょうね。
実際に訪問して、みなさんも判断してみてください。


Merlion

 ↑場所が移動し、水を吐くようになってから大分よくなったとは思うのですが…

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