世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

タシケント

添乗員現地最新レポート ウズベキスタン編⑭


最終日、首都タシケントの観光です。
ティームル広場を散策、地下鉄の体験乗車、チョルスーバザールの見学、金曜モスクやバラク・ハン・メドレセのあるバズラティ・イマーム広場、旧市街にある16世紀に建てられたクカルダシュ・メドレセやその裏手にあるジャミー・モスク、独立広場などを訪ねました。

ティムール広場

バザール

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ジャーミー・モスク

独立広場

午前訪ねた日本人墓地は、第二次世界大戦後ソ連に抑留されこの地に連行されて、強制労働のためこの地で没した79名の日本人が眠る墓地です。

日本人墓地

日本人墓地2

そして、ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場は1947年に完成した1500人収容の劇場です。旧日本兵などの抑留者に強制労働で造らせた建物のひとつです。

ナボイ・オペラ劇場

建設時、懸命に作業する日本人に対して地元の子どもから食べ物の差し入れが行われ時、彼らに対して木のおもちゃをお返しするなど、劣悪な環境でも日本人は礼儀を忘れなかったそうです。1996年、ウズベキスタン大統領イスラム・カリモフが、建設に関わった日本人を称えるプレートを劇場に設置しました。

(おわり)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第34、35日目


2015年9月25日(金) 第34日目

本日は、タシケントから「青の都」と呼ばれるサマルカンドへ向かいます。

Coach

途中、たくさんの人たちが綿花畑での綿摘み作業をしていました。

Cotton_Field

ウズベキスタンの主産業になっている綿花栽培ですが、4月に種蒔き、6月に花が咲き、9月に綿摘みが始まります。秋には少し雨が降るのですが、それまでに摘んでおかないといけないので皆さん大忙しです。残念ながら外国人は綿花畑に入ることは禁止ですので、車窓から眺めました。

トイレ休憩も含め、約5時間でサマルカンドに到着。まずは昼食です。最近は新しいレストランがどんどん出来ているのですが、今日のレストランの名前は「カフェ・サファリ」。名前からも分かる通り、サファリがテーマとなっている一風変わったレストランで、壁にはウズベキスタンでは見かけない動物の絵が見られました。

Lunch_01

その後は半日、サマルカンドの観光で、まずはウルグベク天文台へ。1424年ティムールの孫ウルグベクが天文台を建造、1908年になってロシア人考古学者ヴャトキンがその跡を発見しました。円い天文台の基礎と六分儀と呼ばれる観測施設の一部が残っています。当時から1年の長さを計測し、現在のコンピューターの算出と1分2秒しか違わなかったといいますから、驚きです。その天文台跡近くにはウルグベクの像が建っています。

Statue_of_Ulughbek

そしてアフラシャブの丘へ。ここには1221年モンゴルによって徹底的に破壊されるまでサマルカンドの前身「マラカンダ」の町がありました。今は何も残っていません。

Afrasiab_Hills

アフラシャブの名はソグド人の最初の王の名からとられました。また、丘にある歴史博物館も見学しました。ここでの目玉はやはりソグド人の壁画。7世紀の宮殿から発見されたフレスコ画で、昔の王族の生活と伝説がモチーフとなっています。「大使の行進」にはタシケント、モンゴル、中国、トルコ、アラブ、朝鮮などからの公使の姿が見られ、当時の交易圏の広さを表しています。

観光を終えホテルへ。ホテルはウズベキスタンのホテルチェーン「アジア・ホテル」。有名な観光地へ歩いて行けるという抜群のロケーションの良さです。

Hotel

夕食はホテルにて。マントゥをいただきました。

Dinner

Dinner_02

食後、皆さん歩いてレギスタン広場へ。夜はライトアップされ、昼間とはまた一味違った顔を見せてくれます。夜は幻想的で綺麗に3つのメドレセが浮かび上がります。

Registan_Square_Night_View_01

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2015年9月26日(土) 第35日目

本日は、サマルカンド観光の2日目です。
ホテルの部屋から窓の外を覗いてみると、ホテルの掲揚塔には日の丸がはためき、その先にはこれから訪れるビビ・ハヌイム・モスクが見えました。

Hotel_01

Hotel_02

まずは、ホテル近くにあるビビ・ハヌイム・モスクからスタート。

Bibi-Khanym Mosque_02

1399年ティムールがインド遠征から帰った際、世界に類のない巨大なモスクを造ることを決意、帝国各地と外国から200人の職人と500人の労働者を集めてわずか5年で完成させました。当時の入口は高さ80mあったのですが、現在は38mです。

Bibi-Khanym Mosque_01

そしてそのまま隣りにあるシャブ・バザールへ。ティムールの時代からこの場所にある旧市街最大のバザールで、サマルカンドで有名なナンがたくさん売られてます。

Siyob_Bazaar_01

Siyob_Bazaar_02

その後、ブルータイルの美しいシャーヒ・ジンダ廟群へ。ティムール一族、特に女性ゆかりの人たちが眠る霊廟群です。シャーヒ・ジンダとは生ける王という意味で、7世紀布教のためにやってきたクサム・イブン・アッバースが首を刎ねられたものの、この身を投じそこで永遠の命を得たという伝説が残るため多くの巡礼者を集めるようになりました。

Shakhi-Zinda-Complex_01

昼食は街の中のレストランにて。オシャレなお店でドアマンが立っていました。人参のスープもかわいく、クリームでお花を描いてます。

Lunch_01

Lunch_02

Lunch_03

その後グル・アミール廟へ。ティムールと息子や孫が眠る霊廟で「王の墓」という意味。ティムールは1405年中国遠征の途上オトラルで急死し、ここに葬られることになりました。ドームは二重になっており高さは36m。内装には金が50kgも使われています。

Gur-Emir Mausoleum_01

Gur-Emir Mausoleum_02

Gur-Emir Mausoleum_03

Gur-Emir Mausoleum_04

Gur-Emir Mausoleum_05

さらに、サマルカンドの代名詞、レギスタン広場へ。「砂の地」という意味で、チンギスハーンが来襲した後アフラシャブが壊滅状態となったため、レギスタンが新しい町の中心となりました。

Registan_Square_01

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ここには大きな3つのメドレセが向かい合うように建ってます。左に最も古いウルグベク・メドレセが1420年に建てられました。そして右にシェルドル・メドレセが1636年に建てられました。「ライオン」という意味でイスラムでは珍しい動物の姿が表されています。

Sherdor Madrasah_01

そして正面には1660年に建てられたティラカリ・メドレセ。「金で覆われた」という意味で、建物内部には金で装飾された立体的に見える平面天井があります。不思議。

Tillya-Kari Madrasah_01

Tillya-Kari Madrasah_02

ここにもたくさんの新婚さんがやってきました。中にはガイドのサイーダさんの友人も。この時期は毎週結婚ラッシュです。

Registan_Square_03

自由時間に入り、皆さんでシェルドル・メドレセの中にある民族楽器屋さんに入りました。マルチプレーヤーのバブールさんが一人で弦楽器、打楽器、吹奏楽器とこなしていきます。また日本語が上手い。彼は小泉元首相にも披露したことのあるすごい人物なのです。

Free_Time_01

休憩の時間を取った後、夕食レストランへは歩いて行きました。クラフトセンターの中にあるので食事前に少し伝統工芸品を見学。マジックのようにいろいろと姿を変えるコーラン台やからくり箱のようなペンケース、伝統衣装を現代風にアレンジした服屋さんなど外国人の目を楽しませてくれるものばかりです。

Before_Dinner

夕食をいただき皆さんそれぞれ最後のサマルカンドの夜を楽しまながらホテルへと戻りました。

Dinner_01

(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第32、33日目


2015年9月23日(水) 第32日目

本日の朝食はバイキング。レストランのテラスにはエッグステーションが。最後にエッグ・ステーションがあったのは中国だったか、思い出せないくらい前にあったような…。

Breakfast_01

Breakfast_02

今日は終日、タシケントの観光です。
まずはバスに乗り旧市街へ。綺麗に整備されたハスティ・イマーム広場には、16世紀シャイバニ朝のバラク・ハーンによって建てられた神学校、バラク・ハーン・メドレセが建っています。現在はイスラムの本庁が置かれています。

Barak Khan Madarsa_01

Barak Khan Madarsa_02

そして、その隣りには16世紀に造られたハスティ・イマム・モスクがあり、日常的に礼拝に使われています。また、大きな立派な同じ名のハスティ・イマム・モスクが新しく造られました。こちらは金曜礼拝や大きなお祭りの礼拝にのみ使われています。

Khazrati Imam Mosque

そしてその広場の真ん中にはコーラン博物館があり、各国語に翻訳されたコーランや世界最古のコーラン「オスマン・コーラン」が展示されています。ティムールが戦利品としてダマスカスから持ち帰ったものだと言われています。

その後、バスでチョルスー・バザールへ。ここは旧市街の中心的存在の市場。昔から変わらず活気のある場所で、ドーム型のバザールを中心に香辛料、ドライフルーツ、チーズ、漬け物、肉、野菜、果物などありとあらゆるものが売られています。

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バザールの散策が終わると、そこから地下鉄に乗りました。

Subway

中央アジアで唯一の地下鉄で、旧ソ連時代の1958年に開業しました。ジェトンと呼ばれるプラスティック製のコインが切符となります。どこまで行っても1000スム=約50円。チョルスー駅から乗車し、コスモナウトラル駅で下車、ここは一番美しい駅だそうです。2駅戻ってナヴォイ駅で乗り換えます。乗り換えをして路線が変わると駅名が変わります。パフタコール駅(綿摘み)からアミール・ティムール・ヒョポニ駅で下車。残念ながら地下鉄構内は撮影禁止で、どの駅もデザインが異なり綺麗なので画像をお見せできないのがとても残念です。

駅を上がるとティムール広場に出てきます。ここでバスに乗り換え、昼食へ。

レストランはウズベキスタンの伝統的なスタイルのレストランで、10年位前にこういうスタイルのレストランが流行ったそうです。

Lunch_03

Lunch_01

メインはウズベキスタンの肉じゃが「ディムラマ」。ホクホクで美味しい。

Lunch_02

昼からは予定にはなかったのですが、少し離れた場所にある日本人墓地を訪れました。

Japanese_Cemetery_01

Japanese_Cemetery_02

ヤッカサライ地区のムスリム墓地の一画に第2次大戦でソ連の捕虜となった79名の日本人が眠る墓地があります。1945年シベリアからタシケントへ移され、ナヴォイ劇場建設などの強制労働に従事させられていました。翌46年からは日本への帰還事業が始まりましたがこの地で亡くなる方も少なくなかったようです。春には元ウズベキスタン大使の中山恭子さんが運んできた桜が綺麗に咲きます。皆さんもここで献花をしました。

そして、その日本人の方達が建設したナヴォイ・オペラ・バレエ劇場へ。

Navoi_Theater_01

1947年に完成した1400人収容の劇場。外装はロシア・ビザンチン風で内装は中央アジア風の紋様壁面細工の3階建て。旧ソ連時代の3大オペラ劇場の一つに数えられていました。1966年の大地震でも殆ど被害がなく残りました。それを見た市民達が次第に敬意の目で見るようになったと言われています。

Navoi_Theater_02

建物横には記念プレートが設けられているのですが、ウズベキスタン政府は日本人建設者を「捕虜」と書くことを望まず敢えて「日本国民」と表現を書き換えたと言われています。残念ながら現在修復中で中は見られませんでした。

そのまま歩いてホテルを目指します。この辺りは賑やかなところで、ロシア劇場、スーパーマーケット、ショッピングモールなどが建ち並びます。

Tashkent_Walk_01

Tashkent_Walk_02

ブロードウェイと呼ばれる歩行者天国を抜けると、再びティムール広場に。過去にはマルクス、スターリン、レーニンなどの像が建っていたのですが現在はティムール像が建ってます。そしてホテルへ。

Timur_Square_01

Timur_Square_02

Retro_Bus

少し休憩を挟んでから夕食へ出発。今晩はツアー4回目の日本食です。
レストランの名は「MIDORI」。

Dinenr_01

Dinenr_02

ウズベキスタンや中央アジアには強制移住させられた朝鮮半島出身者が多く住んでおり、中にはレストランを経営し韓国料理や日本食を出しているお店があります。ここもそういったレストランで、今回はご飯、味噌汁、たくさんの小皿の前菜、鶏肉と野菜の炒め物、豚肉と野菜の炒め物、最後にはチヂミが出てきました。日本食と言うよりは韓国料理だね、ということでオチがつきました。

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2015年9月24日(木) 第33日目

本日は、ツアー始まってから3回目の休息日。イスラム世界では犠牲祭が行われており、休日となります。
今日は、宿泊ホテル周辺の街の様子をご紹介をします。

Hotel

まず、歩いて10分くらいのところに新市街では最大のアライ・バザールがあります。昨日の旧市街にあるチョルスー・バザールとは違い、大きな体育館のような建物の中に果物、野菜、肉、ナン、ドライフルーツなどの食べ物や金、電化製品、服などを扱う店などいろいろあります。今日は休日のせいか人はまばらな感じです。

Oloy_Bazaar_01

Oloy_Bazaar_02

またホテル方向へ戻り歩きました。
タシケントの街は緑や公園が多い。しばらくすると独立広場に到着。この周りにも公園があり市民の憩いの場になっています。今日はお休みなので平日よりも人が多く、特に家族連れが多かったです。独立広場には平和の象徴コウノトリの像が並び、豊富な水が噴水となって潤してくれます。

Indipendence_Square_01

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そのまま歩いて昨日訪れたナヴォイ劇場に到着しました。すぐ横には旧ソ連時代から使われているツムデパートが現在でも営業しています。

Way_to_Navoi_Theater

Tum_Department_Store

一軒のコリアン食堂に入りました。
表の看板にはいろいろ料理が写真で紹介されていますが、日本食、オムライスもその中に。気になるので注文しました。

Lunch

日本と違うのは卵の中。ピラフ?チャーハン?と思われるご飯と具材が中に入ってます。そしてキムチ付き!これは絶対日本ではない組み合わせ。キムチの味は日本、韓国でいただくのと変わらない美味しい味。昔から移住させられた朝鮮半島出身者がたくさん住んでいるので朝鮮系のレストランが多く、韓国企業もたくさん進出しています。さてオムライスの値段は…21000スムということで日本円で約1000円。決して安い食べ物ではないようです。

ブロードウェイ通りを進んでホテルへ。約3時間の散策となりました。

Broad_Way_01

18時30分、この日初めてのお顔合わせ。皆さんそれぞれの休息日をお過ごしになり夕食へ。夕食を休まれ、ロシア劇場でコメディの鑑賞をされた方もいらっしゃいました。これも休息日ならではの過ごされ方、どんな劇が上演されたのか明日伺ってみることにします。
レストランは社交ダンスでもできそうな場所で、やはりここでは何かしら民族舞踊が行われたりするそうですが今日は休日ということでそういったのもお休みです。最後のタシケントの夕食をいただきました。

Dinner_01

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(つづく)

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【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第30、31日目


2015年9月21日(月) 第30日目

本日は、タラスを出発して、トルキスタンへ向かいます。

Breakfast

その前に、タラス郊外にあるアイシャ・ビビ廟の観光へご案内しました。約30分で到着です。

Aisha_Bibi_Mausoleum_01

アイシャ・ビビ廟は、11世紀に建造されたカラハーン王妃アイシャの霊廟と言われています。50種以上のデザインの焼きレンガと日干しレンガを使用した美しい廟ですが、文献があまり残っていないので詳しいことは分かっていません。アイシャには毒蜘蛛に刺され亡くなったという伝説が残っています。

Aisha_Bibi_Mausoleum_02

またその隣りには彼女の乳母と思われるババジ・ハトゥンの廟があります。

天山の支脈、キルギス・アラトー山脈を望む場所で写真ストップ。今日も天気がいい。天山が見られるのもこれが最後です。

Photo_Stop_01

Photo_Stop_02

以前に比べると、道路が本当によくなりました。カザフスタン第2の街シムケントに順調に到着。ここは、ウズベキスタンとの国境まで120kmと近く、ウズベク人もたくさん住む街です。ここで昼食をとりました。ここのレストランはシャシリクが美味しい。今日も羊肉のシャシリクをいただきました。やはり美味しかったです。

Lunch_01

Lunch_02

昼食後、再び出発。こちらも道路がよくなり、トルキスタンまで約2時間で到着。
ここには世界遺産に登録されたコジャ・アフメド・ヤサウィー廟があります。

Mausoleum of Khawaja Ahmed Yasawi

ヤサウィーは13世紀の高名なスーフィー(神秘主義者)かつ詩人で、彼によって書かれた詩は神秘主義的な思想を含み、バルカン半島に至る地域にまで愛唱されました。そのヤサウィーを崇拝するヤサウィー教団の聖地、巡礼地となりました。1390年代にティムールの命で元々あったものが拡張される工事が行われたのですが、ティムールの死去とともに未完のまま。ティムールが贈った大鍋「カザンルク」があります。現在修復中ですが、美しい青いドーム屋根が残ってます。

そして宿泊ホテルへ。夕食はホテルにて。

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ビーフストロガノフが出てきました。なんとなくお食事はロシア風です。

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2015年9月22日(火) 第31日目

トルキスタンのホテルは、かつては宿泊すると電気が点かない、水・湯が出ない、トイレの水が流れない、ドアノブがない…などは当たり前で、快適に過ごせたためしがなかったのですが、今回は何とか大きな問題もなく宿泊することができました。

朝食をとっていると、ちょうど昇っていく朝日が見られました。朝焼けにヤサウィー廟が赤く染まっていきます。

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トルキスタン出発。今日はカザフスタンでの最後の観光があります。
1時間程走るとオトラル遺跡に到着しました。ここは10~13世紀に中央アジアの主要都市として栄えた町の遺跡。13世紀チンギスハーンは派遣した隊商一行がこの地で殺害されたことに激怒し、町を徹底的に破壊しました。これがモンゴルによる中央アジア征服のきっかけになったと言われます。また中央アジアを支配したティムールが1405年に明(中国)への遠征の途中で亡くなった町としても知られています。現在では殆ど何も残っていないのですが、浴場跡、城門、モスクなどを僅かに見ることができます。現在、至る所で修復工事が行われています。

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Otrar_02

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観光後、再びシムケントへ。昨日と同じレストランで、カザフスタン最後の昼食をとりました。昨日と同じ羊肉のシャシリクとロシアの水餃子ペフミニ。

Lunch

餃子は形が違えど、至るところで食されている食べ物で、きっと、このシルクロードを通って西へ東へと行き来したのでしょう。

腹ごしらえを終え、120km離れたウズベキスタンとの国境へ。

Border

国境手前で一週間一緒だったガイドのエルメックさん、ドライバーのボロージャさんとお別れ。ここからは私たちだけで国境越えです。まずカザフスタンの出国審査。比較的スムーズに終わり、ここからメインイベントのウズベキスタン入国審査へ。ウズベキスタンに入国する際には必ず税関申告書を提出しないといけません。所持金と所持している電子機器の金額や個数をそれも英語で書かないといけません。混み合う審査場で記入を終え、税関へ行くと「えっ、ちゃんと見たの?」と疑いたくなるくらいあっさりとした審査。税関申告書にハンコをいただき、入国審査も終え、無事第4カ国目のウズベキスタンに入国!審査場を抜け歩いて行くとウズベク人の女性アシスタント・マルさんがお出迎え。そのままバスに乗りタシケントへと向かいます。

タシケントは今回訪れる中央アジアの都市の中では最大で人口300万人。大都会に来たという感じで走っていきます。今回宿泊するホテル「シティ・パレス」は新市街の中心に位置し、散策するにもとても便利な場所にあります。チェックインをして、しばらく休憩、そして夕食はホテル内のレストランにて。

Dinner_01

最後にデザートのケーキと紅茶・コーヒーが付いてました。街に来たと実感した瞬間でした(笑)

Dinner_02

(つづく)

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