世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

モザイク

【ニュース】チュニジアの首都チュニスで武装集団が観光客を襲撃



昨晩から軒並みニュース番組を賑わせているので既にご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、北アフリカのチュニジアの首都チュニスで、武装集団が観光客を襲撃するという痛ましいテロが発生しました。現場は、チュニス市内きっての観光地でもある「国立バルドー博物館」で、日本人にも死傷者が出てしまいました。国立バルドー博物館は、国内各地のローマ遺跡から出土した素晴らしいモザイク画の展示で有名で、ほとんどの観光客が訪れると言っても過言ではない場所です。

BARDO_MUSEUM_01

以下、東京海上日動リスクコンサルティング株式会社より配信された情報の抜粋です。
チュニジアの首都チュニス(Tunis)市内にある国立バルドー博物館(The
National Bardo Museum)で2015年3月18日、武装した男2人が銃を乱射し、少
なくとも外国人観光客20人を含む22人が死亡、42人が負傷した。警察は、犯人
2人を射殺し、共犯者の行方を追っている。

同国のシド(Habib Essid)首相が、犠牲者の中に日本人が5人いたと発表し
た。日本外務省は情報の確認を急いでおり、午前9時現在、邦人3人の死亡、3
人の負傷を確認している。
チュニジアは、イスラム国家ではありますが、その中でも比較的穏健な「ソフト・イスラム」に属する国で、国内のイスラムの戒律も比較的緩やかで、ゆえに、数多く残るローマ遺跡などの観光素材の充実も相まって、観光立国でもあります。

TUNIS

そんな穏健なチュニジアに2010年から2011年にかけて歴史の転換期が訪れました。国の花であるジャスミンから名をとって「ジャスミン革命」と呼ばれる革命です。一青年の焼身自殺に端を発した反政府デモが全土に拡大し、結果、23年間続いた政権を崩壊させました。そして、このジャスミン革命は他のイスラム諸国へと飛び火し、いわゆる「アラブの春」の発端となったのでした。

今回の事件が一刻も早く収束し、再び観光客が安心してチュニジアを訪れることができるようになることを切望すると共に、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑰


ヨルダン北部の都市にアルジュンはあります。
首都アンマンからは北西へ約76kmの場所に位置する丘の多い町です。ここでは、12世紀に建てられたアジュルン城が有名です。

アジュルン町 城から

アジュルン城はかつて、修道院のあった丘の上に建てられています。

外観

1184年、イスラムの英雄サラディーンの部下により、ダマスカスとエジプトを結ぶ道をカラクの十字軍による攻撃から守るために建てられました。その後、マムルーク朝の時代に増築されましたが、1260年にモンゴル帝国軍によって陥落しました。

城の周囲を囲むように堀の跡が残り、現在の入口にはかつて、跳ね橋が架かっていました。内部は3階建て~5階建ての構造になっており、各部屋の床面積は広く、当時多くの兵士がいたことが分かります。

内部 回廊

内部 部屋

内部

内部2

内部3

ここは修道院跡に建てられたため、一部、床にモザイクが見られるほか、雨水を利用した水利システムも見ることができます。

モザイク跡

内部の博物館には、アジュルンで発掘された紀元前に遡る土器や壺の展示されており、また、全盛期に活躍した投石器の石玉が今も積み上げられています。

当時、伝書鳩を利用してダマスカスからアジュルン城、カラク城、そしてエジプトへとメッセージを伝達していた記録も残っています。

今回のヨルダン探訪では北西部アジュルンに1泊し、前述のウンム・カイス、タバカット・ファハル、そして、アジュルン城を訪ねました。

(つづく)

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑭


マダバはヨルダン西部の都市。首都アンマンの南西約35kmのところです。
マダバは「モザイクの町」と言われ、東ローマ帝国時代及びウマイヤ朝時代のモザイクが残されています。特に、東ローマ帝国時代のパレスチナ及びナイル河デルタを描いたマダバ地図は有名です。

マダバ地図は、聖ジョージ教会内にある床のモザイク部分です。

聖ジョージ教会

西暦6世紀に作られた中東の地図であり、その部分は、現存する最も古い当初の聖地エルサレムの描写を含んでいます。
マダバの歴史は、西暦7世紀にササン朝ペルシャ帝国によって征服され、その後、ウマイヤ朝の時代を迎えます。746年、町は地震によりその大部分が崩壊しました。

19世紀、古代の境界の跡地に新しくギリシア正教の教会が建設された際、マダバ地図は発見されました。
地図では北のレバノンから南のナイル河デルタ、及び西の地中海から東部砂漠までの地帯を描いています。死海も描写しており、2艘の漁船、ヨルダン川の両岸をつなぐ多様な橋、川で泳ぎ死海から遠ざかっている魚も見られます。

教会内モザイク地図

モザイク地図3

モザイク地図2

当時、エルサレムへ向かう巡礼者の位置認識を手助けする役目を果たしていたとも考えられています。

マダバへお出かけの際は、モザイクのお土産も記念になります。

土産屋 モザイク製作現場

(つづく)

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添乗員現地最新レポート イラン(第2回)編⑥


イラン南部のザグロス山脈にある都市シラーズは、標高約1,480mの高原にあり、近郊のペルセポリスをはじめ、紀元前からアケメネス朝ペルシャの中心地で、古くから発展していました。中世にはサーディーとハーフェズというイランを代表する詩人を輩出した町でもあります。

そんな町の中心部にイスラム教シーア派のイマーム(指導者)であったエマーム・レザーの弟、シャー・チェラグの墓とアリー・エブネ・ハムゼの墓があります。2つはシーア派の聖地で、お祈りの時間はもちろん、多くの信徒たちが日頃から訪ねています。ここでは入場の際、女性はスカーフだけでなく、体を覆うマントが必要です(無料貸し出しがあります)。

青タイルを基調とした外観、そして、建物の中は美しい鏡細工のモザイクで飾られています。それはまるで、万華鏡の中にいるかのようです。

ここでは、アリー・エブネハムゼの墓内部の写真をご紹介します。

外観アリ・エムゼ

内部

内部2

内部3

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