世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

モスク

【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第26、27日目


2015年9月17日(木) 第26日目

初めてのキルギスでの朝を迎えました。空気は冷たいのですが、清々しい朝です。

Dawn

朝食はパン、薄いクレープのような卵焼き、オートミールなど、やはり洋風。ヨーロッパからのお客さんも泊まっているようです。

Breakfast

ホテルを出発。

Present

山の中を走っていくと、道端でなにやら売っている人を発見しました。馬乳酒「クムズ」です。ガイドさんからのプレゼントで馬乳酒をみんなで試飲。酸味はありますが、すっきりとした味。イスラム教徒であるキルギス人が伝統的に飲んでいる馬乳酒は「お酒」ではないそうで、どのキルギス人もこの馬乳酒を飲んでます。因みにアルコール度数は4度くらい、一般的なビールよりも少し低いくらいです。

Alchol made by horse milk_01

Alchol made by horse milk_02

Alchol made by horse milk_03

また走り続け、イシククル湖手前でストップ。ここには18世紀に造られた隊商宿キャラバンサライ跡があります。

Photo stop on the way

Caravan Saray

キルギス内では一番最後に造られたものだそうですが保存状態はよくなく、ただただ風化する一方です。

ここで、ドイツのマンハイムから自転車に乗って旅行をしているという男性に出会いました。

German Youth

話を聞くと、この後、アルマトイからビシュケクへ、飛行機でインドへ渡り東南アジアを走り、来年4月には日本へ渡り、そこから飛行機でメキシコへ飛んで最終地は南米チリだそうで、世界にはやはりいろんな旅人がいるものですね。

バスがイシククル湖西端の街バルクチを通過したところ、バンと大きな音がし、車内には砂煙りが立ち込めました。今回のツアーで2回目のパンクです。

Burst_01

皆さんが見守る中、ドライバーのウラジミールさんが手際よく20分程でタイヤ交換を終え改めて出発しました。

Burst_02

イシククル湖の畔のホテルに到着。なんとも広いホテルで、客室のコテージが湖のビーチまで延びています。

Hotel_05

Hotel_06

Hotel_07

Hotel_04

まずは昼食を摂りました。ハンバーグが出ました。

Lunch

改めてホテルを出発。20分程走り、チョルポンアタ野外岩絵博物館に到着しました。ここにはかつてサカ族が描いた岩絵が900点以上も草原に点在しています。時代は8世紀から紀元5世紀までのものでシカ、ユキヒョウ、ヤギ、弓を射る人など日常生活に関するものが殆どです。ユキヒョウはその当時飼い慣らされていたようです。野外岩絵博物館と名付けられていますが、広大な原っぱで羊や牛も入場できるんだそうです。

Cholpon Ata_01

Cholpon Ata_02

Cholpon Ata_03

Cholpon Ata_03

ホテルに戻り、しばし湖畔を散策しました。もう観光シーズンのピークは過ぎており、観光客もまばらだったのですが、何人かの客は湖で泳いでいました。水は…冷たいです。でも、日光浴するにはちょうど良い時期となりました。

Hotel_03

Hotel_01

Hotel_02

夕食はホテルにて。外国人のお客さんがちらほらいらっしゃいました。そうだ、もちろん、私たちも外国人です。

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2015年9月18日(金) 第27日目

イシククル湖滞在2日目。朝食はいわゆる洋食ビュッフェ。中国ではあまり見かけなかったクレープや目玉焼きが出てきました。

Breakfast

Breakfast_02

まず最初の観光は、イシククル湖のクルーズ。
乗り場まではバスで20分程。貸切船に乗り出航!南の天山山脈は雲に覆われ見えなかったのですが、概ね晴れ。風は冷たいですが、日差しは暖かい。イシククル湖は琵琶湖の約9倍の大きさで、東西180km、南北広いところで60km、周囲510km、最深部で670mある高山湖。透明度は20mとロシアのバイカル湖に次ぐ世界第2位。キルギス語で「熱い湖」を意味する、不凍湖です。7世紀、玄奘三蔵がインドへ向かった時に湖畔を通ったと言われています。約1時間の穏やかなクルーズを楽しみました。

Lake Cruise_01

Lake Cruise_02

Lake Cruise_03

Lake Cruise_04

Lake Cruise_05

再びバスに乗り、イシククル湖の東端にあるカラコルを目指します。2時間程走り、カラコル手前のバザールでストップ。昼食にお出しするメロンを購入しました。

Melon

カラコルに到着するとまず、ドゥンガンモスクという19世紀後半に清朝の弾圧から逃れてきた回族が1906年に建造した中国風モスクを見学しました。今日は金曜礼拝の日。礼拝のための準備が進められる中、見させてもらいました。最近厳しくなり、女性は頭から足元まですっぽり隠れる服を着用して見学します。

Mosque_01

Mosque_02

そしてもう一つ、ロシア正教の教会へ。1876年にレンガ造りの教会が創建されたのですが、市役所や遊戯場として使われた経緯から1890年代に木造で再建。腐りにくい天山もみの木が使われています。

Orthodox Church

昼食はカラコルの街の中にあるレストランにて。

Lunch_03

まずほかの街では食べられない、アシリャンフという料理、これは中国からやってきたドゥンガン族の麺料理で酸味のある冷麺のような感じです。

Lunch_01

そしてシャシリク、いわゆるシシカバブで、新疆のものと比べると大きく、味付けはシンプルで量もたっぷり。どちらも美味しくいただきました。

Lunch_04

Lunch_02

また、先程買ったメロンも柔らかくて甘かったです。

カラコルから少し離れたところにプルジヴァルスキー博物館があります。

Museum_01

ニコライ・ミハイロヴィッチ・プルジヴァルスキーはロシアの探検家であり陸軍大尉であった人物。モンゴルや中国西部を探検しましたが、このカラコルでチフスにより49才で亡くなりました。身長198cm、体重140kgの大男でした。ここは彼に関する博物館で、大きな中央アジアの地図で彼の足跡を辿ります。

Museum_02

スターリンの息子?という怪しい説もあるそうです。敷地は公園のようになっており、湖の見える場所には記念碑と彼のお墓があります。彼の遺言で、イシククル湖の側に埋葬して欲しかったのだそうです。

Museum_03

Museum_04

その後ホテルへ。夕食はホテルにて。今日もお客さんはちらほら、スペインや日本人の宿泊客も見られました。

(つづく)

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日本で感じる外国の香り① 東京ジャーミィ


Tokyo_Camii_01

この写真、いわゆるモスクの写真です。
モスクは、イスラム教徒たちが日々の祈りを捧げる礼拝堂のことをいいます。アラビア語ではマスジド(「ひざまずく場所」の意味)、スペイン語ではメスキータ、トルコ語ではジャーミィなど言語によりさまざまな呼び方があります。「イスラム寺院」とされることもありますが、モスクの中には崇拝の対象はなく、あくまでも礼拝の場所です。

さて、この写真が東京で撮られたものだと言ったら、みなさんは信じられますか?
実は、東京にもこのような立派なモスクが存在するのです。その名も「東京ジャーミィ」。東京モスク、代々木モスクとも呼ばれ、オスマン様式で建てられた小田急線代々木上原駅にほど近いモスクです。

Tokyo_Camii

その歴史は1900年代初頭に遡ります。
1917年にロシアでロシア革命が起こると、中央アジアを中心としたロシア領内に住んでいたイスラム教徒たちは様々な拷問や弾圧を受けるようになりました。生命の危機から逃れるため、彼らは海外への移住を始め、その一部が日本にたどり着いて定住するようになりました。

イスラム教徒にとって日々の礼拝は欠かせないものであり、その礼拝の場であるモスクもまた、彼らの住む場所には必要不可欠なものでした。
1931年に会堂の建設が決定され、その後、寄付が集まったことから現在の地にサラセン式のドームをもつ礼拝堂が建設され、1938年に落成式が行われました。これが初代のモスクです。木造の礼拝堂でした。

Old_Tokyo_camii

そんな初代のモスクも老朽化が進み、1984年に閉鎖され、1986年に取り壊されました。モスク再建に当たり、跡地はトルコ共和国に寄贈され、その後の再建はトルコに委託されることとなりました。
トルコでは、「東京ジャーミィ建設基金」が創設され、トルコ全土から多額の寄付が募られたほか、モスクの建設資材や内装や外装を手掛ける職人も多く派遣しました。

1998年に着工した東京ジャーミィは、2年後の2000年に竣工、同年6月30日に開堂しました。以来、東京ジャーミィ・トルコ文化センターとして、モスクの活動のほか、イスラム文化、トルコの文化を伝えるセンターの役割を果たしています。

Tokyo_Camii_02

Tokyo_Camii_03

Tokyo_Camii_04

Tokyo_Camii_05

なお、礼拝堂には最大で2000人を収容可能で、女性用の礼拝室も備えています(イスラム教では、男性と女性が一緒に礼拝は行いません)。また、専従のイマーム(道師)がいるなど日本でも最大規模のモスクとなっています。

イスラム教徒でなくても、見学は自由にできます。
週末の散歩もかねて、代々木でイスラムの香りを感じてみてはいかがでしょうか?

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万華鏡の礼拝堂 ナシル・アル・モルク・モスク イラン/シラーズ


イスラム教徒は、聖地メッカに向かって1日に5回の礼拝が義務づけられています。
イスラム教徒たちが集い、その礼拝が行われるのが、モスクです。
そのモスク、小さく質素なものから、大規模で装飾が見事なものまで千差万別ですが、概ね、外壁にタイルを用いて描かれたアラベスク模様は、特に私たちの目をくぎ付けにします。

そんなモスクですが、下のようなモスク、皆さんはご覧になったことがあるでしょうか?

Rose_Mosque02

イランの首都テヘランの南約600kmに位置するシラーズはバラと詩で知られる古都。
ここにあるナシル・アル・モルク・モスクは、正に万華鏡を覗いたのかと思わせる美しさで有名です。このモスク、別名を「Rose Mosuque(ローズ・モスク)」と言いますが、それは、外壁にシラーズの花であるバラが多く描かれていることに由来します。

カジャール朝時代の大富豪であり、建築家であり、また聖職者でもあったナシル・アル・モルクが1876年から1888年までの間の歳月をかけて建てたモスクで、礼拝堂の中にはステンドグラスが多用されており、太陽の眩い光を受けたこのステンドグラスがモスク内部にそれは美しい模様を描き出すのです。

Rose_Mosque01

Rose_Mosque03

Rose_Mosque04

この様子が最も美しくご覧いただけるのは午前中とのこと。
シラーズを訪れたなら、少し早起きしてナシル・アル・モルク・モスクへと足を運んでみてはいかがでしょうか?

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