世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

ヨルダン

添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑭


マダバはヨルダン西部の都市。首都アンマンの南西約35kmのところです。
マダバは「モザイクの町」と言われ、東ローマ帝国時代及びウマイヤ朝時代のモザイクが残されています。特に、東ローマ帝国時代のパレスチナ及びナイル河デルタを描いたマダバ地図は有名です。

マダバ地図は、聖ジョージ教会内にある床のモザイク部分です。

聖ジョージ教会

西暦6世紀に作られた中東の地図であり、その部分は、現存する最も古い当初の聖地エルサレムの描写を含んでいます。
マダバの歴史は、西暦7世紀にササン朝ペルシャ帝国によって征服され、その後、ウマイヤ朝の時代を迎えます。746年、町は地震によりその大部分が崩壊しました。

19世紀、古代の境界の跡地に新しくギリシア正教の教会が建設された際、マダバ地図は発見されました。
地図では北のレバノンから南のナイル河デルタ、及び西の地中海から東部砂漠までの地帯を描いています。死海も描写しており、2艘の漁船、ヨルダン川の両岸をつなぐ多様な橋、川で泳ぎ死海から遠ざかっている魚も見られます。

教会内モザイク地図

モザイク地図3

モザイク地図2

当時、エルサレムへ向かう巡礼者の位置認識を手助けする役目を果たしていたとも考えられています。

マダバへお出かけの際は、モザイクのお土産も記念になります。

土産屋 モザイク製作現場

(つづく)

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑬


ヨルダン西部にネボ山と呼ばれる聖地があります。

ネボ山は、申命記に神がイスラエルの民に与えられた約束の地を、ヘブライ人の預言者モーセに眺望させた場所とされており、モーセはモアブの平野からネボ山、エリコの向かいにあるピスガの頂上へと登ったとあります。キリスト教やイスラムの伝承によれば、モーセは神によってこの山に埋葬されており、一説にはモーセの墓所は、マカーム・ナビ・ムサであるともされています。

山頂からは、ヨルダン川渓谷やエリコの西岸地区の町が眺望でき、晴れた日であればエルサレムまで見渡せます。

眺望

1933年、山の頂上部では教会と修道院の跡が発見され、それは4世紀後半にモーセの死の場所を偲んで建てられました。そこでは、年代の異なるモザイクの床の断片を見ることができます。

修道院の扉

モザイク

モザイク2

モザイクの説明

2000年、ヨハネ・パウロ2世は巡礼の中でネボ山を訪ねて、平和の象徴としてオリーブの樹を植えました。

植樹されたオリーブ

また、教皇ベネディクト16世は、2009年にこの地を訪れて演説しています。

頂上部には、ビザンチン修道院のドアをふさぐために使われていた石や青銅の蛇のモニュメント、また、ネボ山とその周辺から発掘されたモザイクや建物の断片を展示する博物館があります。

青銅の蛇のモニュメント

博物館内

方位マップ

(つづく)

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑫


今回訪ねた「砂漠の城」のうち、最後はハラナ城です。

PC110389

ここも「城」とは呼ばれているものの、実際にはキャラバンの交易の拠点(隊商宿)であったと考えられています。

前述のアズラック城やアムラ城の近くに位置しており、首都アンマンから東に約60kmのところにあります。ローマ及びビザンチン時代の遺跡の上に建てられた建造物は、8世紀にウマイヤ朝のカリフ、ワリード1世の時代に遡ります。

中庭があるし角形の石造建築で、ビザンチン建築とササン朝ペルシャの影響が見られます。内部は2階建ての構造になっており、部屋の数は1階部分を合わせると60部屋近くにのぼります。

PC110393

PC110396

PC110390

今は残っていませんが、中庭を見下ろすテラスもあったようです。外壁には所々に窓が付いて風通りがよくなっているので、夏場でも過ごしやすいことが分かります。

PC110397

なにより、砂漠に建つその重厚なシルエットが記憶に残っています。

(つづく)

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑪


前回のエントリーに引き続き、「砂漠の城」の一つアムラ城をご紹介します。
これらは「城」とは呼ばれているものの、実際にはキャラバン交易の拠点や宿営地、離宮であったと考えられています。

さて、アムラ城は前述のアズラック城に近く、外観はドーム型の屋根になっていて、内部にサウナ(ハンマーム)のような施設が残っています。

PC110386

PC110379

8世紀頃のウマイヤ朝の王が、離宮として建設したと言われていて、1985年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。

内部には、天体図や砂漠の動物、裸婦などのフレスコ技法で描かれた壁画が残っていたり、往時の支配者と思しき人物が描かれており、ギリシャ語とアラビア語による碑文も見られます。ここは、厳格なイスラム教徒の目をそらし、王族たちが快楽を享受するための場所だったとも考えられています。

PC110378

PC110376

PC110375

PC110372

PC110371

アムラ城は現存するイスラム帝国以降の浴場施設としては最古のもので、上記後記ヘレニズム様式の影響が残るフレスコ画は、美術史上、貴重なものとして知られています。

(つづく)

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添乗員現地最新レポート ヨルダン編⑩


ヨルダン東部にアズラックという町があります。
サウジアラビアとイラクの国境近くの町で、古くから軍事戦略上魅力的な土地でした。

標識

標識2

そこにアズラック城塞跡はあります。古代ローマ時代の要塞に起源し、東ローマ帝国、ウマイヤ朝、マムルーク朝を通じて利用されました。第一次世界大戦中には、T.E.ロレンスらによるアラブの反乱の拠点が置かれたことでも知られています。

この城塞は、黒玄武岩で建設されており、巨大で厚みのある玄武岩の扉を通って、中へ入ります。

入り口

南玄関の真上部分には、ロレンスの部屋があり、中庭には小さなモスクがあって、東の壁の近くには古い井戸、北東の角には牢獄があります。

ロレンスの部屋

モスク跡

PC110358

この辺りの砂漠に点在する「砂漠の城」の中でも歴史的に重要な城の一つです。次回は、別の「砂漠の城」世界遺産にも登録されている、アムラ城をご案内します。

(つづく)

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