世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

ヨーロッパ

無数の十字架が建ち並ぶ不思議な光景 リトアニア/十字架の丘


バルト海に面するバルト三国のうち、最も南に位置するリトアニア。
リトアニアとだけ聞いてもピンとこない方も、第二次世界大戦中にユダヤ人に日本のビザを発給し続けた杉原千畝氏が勤務していた領事館があった都市カウナスがある国、と言われると分かる方も多いのではないでしょうか?

そのリトアニアは木製の十字架の生産が盛んなこともあり、しばしば『十字架の国』と呼ばれます。
しかし、そう呼ばれる所以は、木製の十字架だけではありません。この国のキリスト教徒の聖地であり、観光名所でもある『十字架の丘』の存在がそう呼ばれる理由でもあるのです。

リトアニアの首都ヴィリニュスから北西へ約200km、広がる平原の中に突如、十字架の丘は姿を現わします。

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小高いを丘を大小様々、無数の十字架が埋め尽くしています。その数は定かではありませんが、一説では5万とも6万とも言われています。

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その発祥は定かではありませんが、この地に最初に十字架が立てられたのは、1831年のロシアの圧政に対する11月蜂起の後のことと言われています。1863年にも同じく蜂起が起こりましたがいずれも失敗に終わり、多くの命が失われました。その遺族たちは命を落とした家族を偲び、その遺体の代わりに十字架をこの地に立てたのだと言われています。

1944年から1990年まで続いたソ連の統治時代にはこの十字架の丘は特別な意味をもっていました。リトアニア人たちはこの丘に来て十字架を捧げることで、自らの宗教や遺産への忠誠を示し、同時にそれは、非暴力によるソ連に対する抵抗を表わしていたのでした。いわば、リトアニアのナショナリズムを象徴する場所になったのです。
それに危機感を抱いたソ連は、三度にわたってこの十字架の丘を撤去しようと試みましたが、その度にどこからともなく再び十字架が立てられ、ついには撤去を断念したのでした。

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数世紀を経て、現在では十字架だけではなく、イエスの受難像、リトアニアの英雄の彫刻、マリア像や肖像画、ロザリオなどもキリスト教徒の巡礼者によって、捧げられるようになっています。

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世界遺産モン・サン・ミッシェルが本来の姿へ


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フランスにおけるユネスコの世界遺産を代表し、かつ、世界中の世界遺産の代表格とも言えるのが、モン・サン・ミッシェル。絶対に訪れてみたい世界遺産のランキングでも常に上位にランキングしています。

モン・サン・ミッシェルは、フランス西海岸、ブルターニュとの境に近いノルマンディー地方のサン・マロ湾に浮かぶ小島で、同名の修道院が築かれています。1979年に世界文化遺産に登録されました。
このサン・マロ湾は潮の干満の差が激しい場所として知られ、その差は15m以上あると言われています。そのため、かつてモン・サン・ミッシェルは、満潮時には海に浮かび、干潮時には自然に現われる陸橋で陸と繋がっていました。

1877年に対岸とを結ぶ堤防道路が完成し、潮の満ち引きに関係なくモン・サン・ミッシェルへ渡ることができるようになりましたが、一方でこれによって潮の流れがせき止められることとなってしまい、100年間で2mもの砂が堆積してしまいました。結果として、モン・サン・ミッシェルの周囲まで水が来ることは殆どなくなりました。

そんなモン・サン・ミッシェルですが、かつての「孤島」の姿を取り戻すべくかねてより進められていた潮の流れをせき止めにくい構造の橋の建設がこのほど完成し、7月22日、全長760mの新たな橋が開通しました。これにより、次第にモン・サン・ミッシェル本来の姿を見られるようになることが期待されています。
なお、これまでの堤防道路は、2015年夏をめどに撤去されることとなっています。

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マカロンが・・・液体物!?


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飛行機に乗る際に機内に持ち込める液体物は規制されるということはだいぶ認識されるようになってきました。
液体物はそのままでは機内には持ち込めず、1つ当たり100ml以下の入れ物に入れ、且つ、それを縦横20cm以内のジッパー付のビニール袋に入れなければなりません。

注意しなくてはいけないのは、純粋な液体物だけではなく、練り物状のものも液体物とされること。
つまり、歯磨き粉やヘア・ワックス、持ち込む人がいるかどうかは別として、味噌なども液体物となり、上記のような対応をとらないと機内には持ち込めず、手荷物検査の段階で没収となってしまうことです。

さて、マカロンは、卵白と砂糖、アーモンド・パウダーを混ぜてオーブンで焼き上げたフランスのお菓子。フランスを旅された方のお土産としても人気の高いものです。

そのマカロンが、フランスでは液体物とみなされているということ、ご存知でしょうか?
どうやら、中に挟まれているクリームが液体物とされてしまう原因だそうです。

カラフルなマカロンを帰国後にみんなに配ろうと大量に買って帰国しようとした観光客が、手荷物検査ですべて没収・・・という悲劇が度々起こっているんだそうです。
では、スーツケースにしまって航空会社に預けたらどうなるのか?
液体物として問題になることはなくなりますが、今度は、マカロンが原型を留めていられるのか?ということが問題になってきます。原料や作り方からも簡単に想像がつくように、マカロンは非常にデリケートです。ですから、スーツケースから出してみたら、ぐちゃぐちゃに・・・とまってしまうのも不思議なことではありません。

フランスの名物菓子なのに、持ち帰ることはできないのか!?
ということになりますが、そういうわけではありません。空港で出国審査を受けてから、ショッピング・エリアで購入すれば、液体物として規制を受けることはありません。

せっかくのフランス旅行のお土産、マカロン。
多少高くついても、安心して持ち帰ることができる、空港内で購入するというのがベストなようです。

なお、フランス以外でマカロンが液体物とみなされている国はまだないようです。

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大地に広がるアイシャドウのパレット  スペイン/ハヌビオ塩田(ランサローテ島)



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アフリカ大陸北西部の大西洋上に浮かぶ7つの島からなるスペイン領カナリア諸島。
スペイン本土とは一味も二味も違った自然や文化をもつこの諸島を成す島の一つランサローテ島には、まさに巨大なアイシャドウのパレットを大地に置いたような景色が存在します。

ハヌビオ塩田。
元々は島内最大の港として使用されていた場所でしたが、18世紀の火山の噴火によって流れ出た溶岩が港をふさいでしまい、港としての機能を果たさなくなってしまいました。
その後、そこに溜まった海水が蒸発して塩が出来たため、それからは塩田として使用されるようになりました。

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ここでは、伝統的な製塩方法によって塩を得ていますが、かなりの手間がかかるため、既に採算には合わないようですが、それでもこの伝統を後世にも伝え残すため、EUの援助を受けながら、製塩が続けられています。

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では、こんなに美しいパステルカラーがなぜ塩田に出来上がるのでしょうか?
これは、塩田の中に繁殖する菌類や藻類の種類の違いによるものとか。
塩の濃度の違いによって、そこに繁殖する菌類や藻類の種類が異なるため、外から見える色が異なるようです。そして、それが見事なパステルカラーを作り出しているのです。

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夕暮れともなると、背景の空はオレンジ色に染まり、そのオレンジをパステルカラーの塩田が映し出して、それはそれは見事な美しい景色を作り出します。これを見るだけでも、この島を訪れる価値はあると言うものです。

先にも述べたように、塩田の中に繁殖する菌類や藻類たちのおかげでできるこの美しい風景、塩田に水がない時にはこのような景色はご覧いただけませんので、訪問される方は時期にはご注意ください。

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世界の街の色④白色 イタリア/オストゥーニ


世界の街の色シリーズの第4段は白色をお届けします。
「色のない色が白…」そう感じられる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、白色はすべての色の基本を成す色であり、そうだからこそ、他の色との比較として存在した場合、他の色に負けるとも劣らない存在感を存分に発揮してくれる色なのです。

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イタリア南部、プーリア州にに所属するオストゥーニの町は、正に中世の丘上都市です。
周辺には見渡す限りのオリーブ畑が広がり、その中を進んで行くと突然、真っ白な建造物が密集したオストゥーニの町のある丘が姿を現わします。遠景からオストゥーニを臨むと、いくつもの建造物が立体的に重なりあって丘の斜面に密集しており、正に圧巻。まるで、真っ白で巨大な一つの建造物がそこにあるかのような錯覚すら覚えるほどです。
アドリア海の真っ青な「青」、周辺のオリーブ畑の「緑」に囲まれ、その白色がこれでもかと言わんばかりの存在感を発揮しているのです。

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この町の起源は、中世初期の10世紀に遡ります。
アドリア海を挟んでバルカン半島と対峙する立地条件をもつオストゥーニは、常に海賊など外部からの侵略の危険にさらされていたため、町をそのような侵略から守るために丘の上に建設し、そして、万が一、外敵が侵入してしまった場合でも、容易には町の中に入れないようにあえて、このように密集した形にしたのでした。

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オストゥーニが属するプーリア州は、イタリア南部特有の強い日差しが特徴で、そんな環境の中で少しでも涼しく生活を送るための知恵として、オストゥーニの人々は建物の外壁に白い石灰を塗り、その結果、オストゥーニは白い町となったのです。

白だからこそ、夜景もまた素敵です。

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光の中に浮かび上がる白亜の町は、イタリアの他の町とはまた異なった強烈な印象を旅人に植え付けてくれるのです。

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