世界の隅々まで見てみよう!個性派の陸旅倶楽部

㈱トラベルハーモニーの新ブランド『個性派の陸旅倶楽部』が徒然なるままにお届けする、アジア、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニアなど世界各地のホットな情報やそれらにまつわるトピックのブログです。

万里の長城

【実況生中継!】 シルクロード大横断2015 第8、9日目


2015年8月30日(日) 第8日目

日曜日、清々しい朝を迎えました。

午前中は、武威市内の観光へ。
まず、明代の1439年に創建された甘粛省最大の孔子廟・文廟を訪ねました。日曜日の朝ということもあり、文廟周辺にはたくさんの野菜や果物などを売る市場が出ていました。新鮮なものを売っておりとても活気があったのですが、ガイド曰く「違法です。許可は取ってません。」少し前から私たちの話題になっていた胡桃を試食させてもらいました。

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文廟では願掛け、特に試験合格を祈願するための状元橋や孔廟を見学しました。併設された武威西夏博物館には、今では幻となった西夏文字の石碑が展示してあります。

Kong_Ci_Miao_01

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そして、雷台漢墓へ。明代に農民が雨乞いの為、雷神を祀る雷台観を造ったのですが、1969年にこの下から後漢時代の墓室が見つかりました。その中からは馬、車、人、牛の銅像が見つかったのですが中でも銅奔馬は秀逸。馬踏飛燕とも呼ばれています。狭い墓室を体を縮めながら入りました。

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すぐ近くのレストランにて昼食をいただきました。

食後、バス乗り張掖へ。所用時間は、約3時間半です。
張掖はマルコポーロが立ち寄った町としても有名です。大仏寺には中国で最大の涅槃仏が安置されています。全長34.5m。マルコポーロも東方見聞録の中でこの大仏のことに触れています。またフビライ・ハンがここで生まれたという説もあります。

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そのまま歩いて街の中心広場にある万寿寺木塔へ。市民の憩いの場所にもなっていて運動器具がおいてありお客様も楽しみました。
木塔は高さ33m、八角九層。中国では珍しい木造の塔です。

Wooden_Tower

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街の中のレストランにて夕食。
本日8月30日はご参加されている野崎由美子様のお誕生日。皆さん、赤の莫高窟ワインで乾杯。おめでとうございます!

 Nozaki_Birthday

食後近くのマルコポーロ像を見てホテルへ戻りました。

Statue_of_Marco_Polo

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2015年8月31日(月) 第9日目

本日は、張掖から嘉峪関への移動です。

途中、最近人気が出始めたと噂の『七彩山(張掖丹霞)』に立ち寄りました。七彩山の観光は、本来はツアーの行程には含まれていなかったところ。日本出発前にお客様からご希望があり、急遽、追加させていただきました。このように、お客様からのニーズに最大限お応えできるのも、「少人数での旅」をポリシーとしている会社ならではですね!

と、少々会社のアピールをさせていただきましたが(笑)、こちらの正式名は『張掖丹霞国家地質公園』と少々硬い名前です。
まず専用バスに乗り換え各眺望ポイントを回ります。数百万年前この一帯は全て湖だったようで気候の移り変わりなどにより堆積物中の鉄が鉄イオンを形成し赤、黄、緑、紫と異なる色になったそうです。縞模様のコントラストが素晴らしい、美しくもあり不思議な風景です。
まだ整備・工事は終わってないのですが、これからもっともっと人気の観光地になりそうです。

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近くのレストランにて昼食後、バスに乗りいざ嘉峪関へ。道中の風景は何もないゴビ灘へと変わっていきました。

嘉峪関は嘉峪山の麓に位置します。渤海に面した「山海関」から約6700km=一万三千四百華里にも及び、故に万里の長城と呼ばれます。嘉峪関はその西端にあり明代の外敵に対する重要な戦略拠点でした。電気カートに乗り内城・外城へ。城壁を上り柔遠楼やまた一度「出国」をして外側から嘉峪関を見ました。

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(つづく)

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万里の長城と河北省・長城村(桃林口村)


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先日、次のようなニュースが配信されました。

万里の長城、城壁1960キロ、3割消失 600円でれんが販売も 

中国の世界文化遺産として知られる「万里の長城」の明代(1368~1644年)に築かれた城壁の約3割が、風化や窃盗などで消失していたことが分かった。中国メディアが伝えた。抜き取ったれんがを30元(約600円)で販売するケースもあり、対策強化を求める声が上がっている。

 長城は別の時代に築かれた部分も含めると総延長は約2万1200キロ。報道によると「中国長城学会」が調査した結果、明代に築かれた約6260キロのうち、約1960キロが消失していた。管理が行き届いておらず、保存状態が比較的良好だったのは8%の約514キロにとどまった。

 人為的な破壊も後を絶たない。河北省の村では長城のれんがで家屋を建築。村民は「れんが1個の市場価格は40~50元だが、実際は30元で買える」と話した。
(産経ニュース 2015年7月4日配信より)

この記事の最後に登場する「河北省の村」とは、河北省盧竜県劉家営郷桃林口村のことです。
桃林口村には、明の武洪14年(西暦1381年)に長城が建設されました。この村の長城の特徴は、万里の長城の中では唯一、敵情を見張るための望楼があるだけで、城壁が連続していないことです。

この村は別名、「長城村」と呼ばれています。
それは、1960年代から80年代にかけて、三度にわたって長城が大規模に破壊され、住民たちによって大量のれんがが長城からはがされて、そのれんがで住民たちが家を建てたからです。400戸近い人家のほとんどに長城のれんがが使われているといい、人家以外でも豚舎や鶏舎までもが長城のれんがで造られたものもあるといいます。文物関係者は皮肉交じりに「世界で最も高価な民家」とし、次第に長城村と呼ばれるようになったのです。

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2006年には、国宝を勝手に使ったことを恥じ、それを使った家を保存していくことで恥を忘れないようにする、として住民自らが「知恥の碑(恥を知る碑)」を建てたということがニュースになったことがありましたが、今回のニュースを見る限り、その気持ちもどこかへ行ってしまったようですね。

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今や人類の宝と言える万里の長城、これ以上消失してほしくないものです。

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